『世界のいまを知り未来をつくる評論文読書案内』2022/3/14
小池陽慈 (著)

 大学入試に出題される評論文は、なぜ難解なものが多いのか? それは、その多くが「世界に山積される数多くの課題」に取り組む上で必要とされるものだから。評論文を読み解くことは、世界をよきものにするための最良の独学の道である……高校生から社会人まで、必読教養入門書・推薦図書30(31)冊の紹介とその読み解き方を教えてくれる本です。
「はじめに」には次のようにありました。
「本書で紹介する書物に扱われるテーマが“現代社会や世界に山積される数多くの課題”である以上、そうした一歩一歩の先に開けてくるのは、この社会、そして世界を理解するための視座──そしてそれをより良きものへと導くための回路であるはずです。つまり、評論文のより良き読み手となることは、僕たち自身が、この社会や時代を未来へと切り拓いてゆく一個の主体となることに等しいのです……!」
 ……評論文には、「一定レベルの専門的な用語(=術語)やテーマについての前提的な知識がないと読み取れないような内容が多い」けれども、社会をよりよくしていく知識を得るためには、読むべきものなので、「僕たちに今必要なのは、そうした文章を読むための前提知識、あるいはそれを手に入れるのにふさわしい、良質な入門書を知ること」……ということで、この本はテーマごとに推薦図書が紹介されていました(この記事の巻末にリストがあります)。読書好きではありましたが評論はほとんど読んだことがなかったので、なんとこの30(31)冊に読んだことのある本は一冊もありませんでした……。
 本書で扱っているテーマは、次の通りです。
第1章:<表象representation>とは何か?
(再現としての表象、代表/代弁としての表象)
第2章:国民国家と民主主義
(フランス革命と国民国家、一般意思とは何か、多数決について考える、全体主義、ポピュリズム、代議制民主主義の限界を超える)
第3章:コロニアリズムの歴史を概観する
(近代国家の夜明け、ナショナリズム、資本主義、植民地主義=コロニアリズム、植民地主義とナショナリズムの相関、日本の近代をふりかえる、近代国家としての日本の言語政策)
第4章:声を奪われた人々の“声”
   *
 例えば、「第1章:<表象representation>とは何か?」では、『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ 増補新版(森達也)』の「確かにメディアは現実を<表象=再現>しようとする。でも、そこにはそれをする側の主観や意図が必ず介入してくるから、それは絶対に、現実そのものの<表象=再現>にはなり得ない」という主張などが紹介されていました。
 また「第2章:国民国家と民主主義」では、『多数決を疑う(坂井豊貴)』の「一般意思の決定方法は多数決以外にもいろいろあり、多数決を安易に採用するのは思考停止というより、もはや文化的奇習の一種である」という主張に驚かされました。うーん……なるほど……考えさせられます……。
 そして「第3章:コロニアリズムの歴史を概観する」では、日本に沖縄やパラオの人へ日本語を強制したという、次のような歴史があることを知りました。
「言語政策を中心的な手段とした「同化」とは、端的に言って、被支配者の人々に対する精神的な暴力でした。いや、「方言札」の使用や日本語の強制において「方言」を使った人々への体罰があったことを考えれば、肉体的な暴力でもあったと言えます。」
 ……読んだことのないジャンルの本だけに、新しい視点をもらえたような気がします。推薦図書の中には安彦良和さんの『虹色のトロツキー』も入っていましたが、「機動戦士ガンダム」で有名な安彦さんは、こんな作品(漫画)も書いていたんですね。
 ところで本書では、「第4章:声を奪われた人々の“声”」で、水木しげるさんの漫画『総員玉砕せよ! 聖ジョージ岬・哀歌』が紹介されていました。この本は推薦図書30冊に入っていませんでしたが、私も読んだことがあり、とても衝撃を覚えたことを記憶しています。「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な方の漫画ということで、わりと気軽な気持ちで読み始めたのですが、ご自身の戦場での実体験がもとになっているので、「死」が本当に身近な「戦地のリアル」をまざまざと見せつけられ、愕然としてしまいました。この本の最後で、死にゆく丸山という兵士が狂気の面持ちでつぶやきます。
「ああ みんなこんな気持ちで死んでいったんだなあ 誰にみられることもなく 誰に語ることもできず……ただわすれ去られるだけ……」
 ……遠い存在のように感じていた「兵士」は、みんなこんな苦しみを抱いていたんだ……この本を読んだ後、戦争に関する本を何冊か読み、第二次世界大戦では日本の兵士の半数以上が「餓死」だったことを知り、悲しみと怒りを感じました。2022年の現在もロシアがウクライナに侵攻していますが……戦争は誰を幸福にするためのものなのでしょうか? 疑問を感じざるを得ません(涙)。
 ……国民国家、資本主義、グローバリゼーション、新自由主義、ポピュリズム……「世界のいまを知り、未来をつくる」ために必要な知識を伝える評論文の読書案内です。
「良き書物というのは、それを読む僕たちの常識を破壊してくれ、新たな世界を示してくれるもの。本書を読み終えた皆さんの目の前には、必ずや、これまで考えもしなかった新しい光景が広がっていることでしょう。」
 ……私自身も新しい視点を受け取ることができました。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
 なお参考までに、本書で紹介される推薦図書30は、以下の通りです。
「本書で紹介する推薦図書30」
1)森達也『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ 増補新版 世界を信じるためのメソッド』(ミツイパブリッシング)
2)佐々木毅『民主主義という不思議な仕組み』(ちくまプリマ―新書)
3)遅塚忠躬『フランス革命 歴史における劇薬』(岩波ジュニア新書)
4)重田園江『社会契約論 ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ』(ちくま新書)
5)坂井豊貴『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(岩波新書)
6)石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)
7)水島治郎『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』(中公新書)
8)小熊英二『社会を変えるには』(講談社現代新書)
9)高澤紀恵『世界史リブレット29 主権国家体制の成立』 (山川出版社)
10)谷川稔『世界史リブレット35 国民国家とナショナリズム』(山川出版社)
11)ヨハン・モスト『マルクス自身の手による資本論入門』(大月書店)
12)川北稔『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)
13)吉見俊哉『博覧会の政治学 まなざしの近代』(講談社学術文庫)
14)三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』(岩波新書)
15)加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)
16)川村湊『海を渡った日本語 植民地の「国語」の時間』(青土社)
17)石原俊『〈群島〉の歴史社会学 小笠原諸島・硫黄島、日本・アメリカ、そして太平洋世界』(弘文堂)
18)安彦良和『虹色のトロツキー』全八巻(中央公論新社)
19)吉田裕『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)
20)モフセン・マフマルバフ『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』武井みゆき、渡部良子訳(現代企画室)
21)四方田犬彦『驢馬とスープ papers2005-2007』(ポプラ社)
22)石牟礼道子『蘇生した魂をのせて』(河出書房新社)
23)森山至貴『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書)
24)辺見庸『たんば色の覚書 私たちの日常』(角川文庫)
25)金村詩恩『私のエッジから観ている風景 日本籍で、在日コリアンで』(ぶなのもり)
26)下地ローレンス吉孝『「混血」と「日本人」 ハーフ・ダブル・ミックスの社会史』(青土社)
26)ケイン樹里安・上原健太郎編著『ふれる社会学』(北樹出版)
27)内藤正典『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』(集英社新書)
28)ジャン・ベルナベ/パトリック・シャモワゾー/ラファエル・コンフィアン『クレオール礼賛』恒川邦夫訳(平凡社)
29)庵功雄『やさしい日本語 多文化共生社会へ』(岩波新書)
30)岡真理『記憶/物語』(岩波書店)
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