『世界を変えた書物: 人類の知性を辿る旅』2022/10/18
山本 貴光 (著), 橋本 麻里 (編集)

 科学・工学の発展に寄与した貴重な書物たちを、写真とともに解説してくれる「世界を変えた書物」展の図録です。
「はじめに」には次のように書いてありました。
「本書は、K.I.T.金沢工業大学主催の展覧会「世界を変えた書物」の図録としてつくられたものです。「世界を変えた書物」展は、同ライブラリーセンター所蔵の科学と工学の稀覯書を集めたコレクション「工学の曙文庫」の蔵書をもとに企画・開催された書物の展覧会です。
「工学の曙文庫」では、ニコラウス・コペルニクス、ガリレオ・ガリレイ、アイザック・ニュートンをはじめ、世界史でもお馴染みの人物たちによる書物を、すべて初版で揃えています。」
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「工学の曙文庫」は、科学技術に特化した稀覯書コレクションで、その基本的な蒐集方針は、「写本はコレクションの対象とせず、活版印刷が確立されて以降の印刷本の初版に絞ることとし、まずはいつ、どのような科学技術書が刊行されてきたのかの概要を年表化したうえで、その中から重要だと思われる書物を集める」だそうです。
「書物」の展覧会というかなり珍しい展覧会の公式図録ですが……科学の発展に素晴らしい貢献をしてくれた本ばかりで、眺めるだけで「ありがたい」気持ちでいっぱいになりました(笑)。
「1 古代の知の伝承」に最初に登場するのは、イシドールス『語源』(1472)。6~7世紀にかけて活躍したイシドールスという人が、先人たちの書物を参考に百科事典的な知識をまとめたもので、それまで手書きで作られた写本を、15世紀に活版印刷で刊行したのがこの『語源』だそうです。このように活版印刷以降のものだけでなく、古代のものの活版印刷版もコレクションされていました。
 他にも、エウクレイデス『原論』(1482)や、アリストテレス『ギリシア語による全集』(1495―1498)なども見ることができます。ちなみにエウクレイデスとは、古代ギリシアのユークリッドのことで、『原論』は彼の数学書(幾何学図形も掲載)です。この本で、証明つきで命題を積み重ねていくことで確かな理論の体系を作っているそうです。各書籍には、1~数ページの簡単な解説がついていて、これを読むと科学の歴史も概観できる感じです。
 とりわけ「おお!」と感動させられたのは、「2 ニュートン宇宙」で登場する本。ニコラウス・コペルニクス『天体回転論』(1543)。ガリレオ・ガリレイ『星界の報告』(1609)、『世界二大体系についての対話』(1632)、アイザック・ニュートン『自然哲学の数学的原理(プリンキピア)』(1687)など。科学に巨大な影響を与えてくれた本たちを、じっくり眺めることが出来て素晴らしいです(もっとも見られるのは、そのごく一部ですが……)。
 このうちガリレオ・ガリレイの『世界二大体系についての対話』は、正式な書名が『プトレマイオスとコペルニクスによる世界の二大体系についての対話』で、プトレマイオスに代表される天動説(地球中心説)と、コペルニクスに代表される地動説(太陽中心説)の話。この二人に仲介者を含めた三人の対話で、どちらの見方が妥当かを論じ合うものだそうです。意見の違う人たちが、お互いに自説を述べたり、相手の主張に質問をぶつけたりする過程が見られ、対話の結末は、地動説の方が説得的であることを匂わせつつもオープンエンドで終わっているのだとか。
 また「3 解析幾何学」では、ルネ・デカルト『方法序説』(1637)などが紹介されていました。「我思う故に我あり」で有名な本ですが、「屈折光学」「気象学」「幾何学」もテーマになっているようです。次のように書いてありました
「デカルトは、間違いをおかしやすい私たちが、確実に知識を得るにはどうしたらよいかと考えた。どうするか。証明済みのことであっても、少しでも確かかどうか分からないことについては、間違っているものとして脇に置いてみる。そうやってどんどん検討していくと、あれもこれも疑わしい。あとには自分だけが残る。ただし、こう考えている自分も疑わしいとしてしまえば話にならない。「私は考えている。だから私は存在している」。これは揺るがない真理であると考えて足場としよう。デカルトはこの「我思う故に我あり」を哲学の第一原理とした。(中略)
 この序説に続いて「屈折光学」「気象学」「幾何学」の試論がセットになっている。」
 ……そうだったんだ。デカルトというと「哲学者」というイメージでしたが、本書の他にも「10 電磁場」で『哲学の原理』(1644)が紹介されていて、『哲学の原理』にも哲学だけでなく、物理、宇宙論、地球の物理などが書いてあり、『哲学の原理』は、デカルトの自然哲学の集大成だそうです。
 とても興味深かったのが「12 非ユークリッド幾何学」。ここでは、ロバチェフスキー『幾何学の原理』(1830)、ヤーノシュ『<付録>完全に真である空間論の証明』(1832-33)、リーマン『幾何学の基礎にある仮説について』(1867)などの本が紹介されていて、それぞれに次のような概説がありました。
・ニコライ・イヴァノーヴィッチ・ロバチェフスキー『幾何学の原理』(1830)
(古代ギリシアのエウクレイデス『原論』の価値を認めつつも、そこに平行線の扱いが曖昧だという欠点があると指摘。その上で、「平行線」について『原論』とは違う前提に立って、そこからどのような幾何学が出てくるかを検討してみせた。その結果、エウクレイデスの幾何学が唯一普遍的で真なるものではない、ということが示される。)
・ボヤイ・ヤーノシュ『<付録>完全に真である空間論の証明』(1832-33)
(ヤーノシュも『原論』で示された「平行線の要請」が成立するか否かにかかわらず成り立つ幾何学がある(ユークリッド幾何学以外の幾何学がある)と証明した。)
・ゲオルク・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマン『幾何学の基礎にある仮説について』(1867)
(幾何学の基礎をなす概念を根本から検討。ユークリッド幾何学は3次元を基礎としているが、なにも「3」に限る必要はなく、要素(次元)がさらに多い場合も考えられるとした。ユークリッド幾何学だけでなく、ロバチェフスキーとヤーノシュの非ユークリッド幾何学も取り込む包括的な幾何学を切り開く。)
 ……ユークリッド幾何学以外の体系がありうるなんてことを、考える人がいたんですね……。
 さて「世界を変えた書物」展は、科学技術関係の本ばかりなので、その内容は圧倒的に文字と数式と幾何学図形が多い(見た目が地味な)のですが、「5 光・色彩」には、カラフルなイラストのある本として、トーマス・ヤング『自然哲学及び機械技術に関する講義』全2巻(1773-1829)や、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『色彩論』(1810)、そして顕微鏡を使って観察した精密な虫のイラストがあるロバート・フック『ミクログラフィア』(1635-1703)など、眺めて楽しい本もありました。ちなみに『色彩論』の著者のゲーテは、あの『ファウスト』や『若きウェルテルの悩み』で有名な作家で詩人のゲーテさんです! 多彩な才能があったんですね……。
 素晴らしい科学技術の稀覯書コレクションをじっくり眺められる本(図録)でした。この他にも、アイザック・ニュートン『光学 光の反射、屈折、回折、色についての論考』(1642-1727)、ダニエル・ベルヌーイ『流体力学』(1738)、ジェイムズ・クラーク・マクスウェル『電磁場の動力学的理論』(1865)、アルベルト・アインシュタイン『運動物体の電気力学について』(1905)、『一般相対性理論の基礎』(1916)などなど、多数の有名な科学技術本を見ることが出来ます。
 さらに巻末には、「「世界を変えた書物」展をより楽しむためのブックガイド」として、本書で紹介している書物について、さらに知りたい人のために日本語で読める関連文献を中心に紹介してくれる一覧表もついているので、より深く学びたい人の参考になると思います。
 科学技術を発展させてきた素晴らしい本(のごく一部のページ)を、じっくり眺めることが出来る本でした。過去の偉人達だけでなく、ノーベル賞受賞者の本なども、この後に続々続いていくんだなーと思うと、科学を発展させてきた偉人たち、そして活版印刷にも感謝の気持ちが湧いてきます。
 本好きの方や科学好きの方は、ぜひ眺めてみてください。お勧めです☆
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