『中国のデジタルイノベーション: 大学で孵化する起業家たち (岩波新書 新赤版 1931)』2022/6/20
小池 政就 (著)
キャッシュレス決済やブロックチェーン技術など、中国では目をみはる勢いでデジタル化が進展しています。「創業・創新」の中核を担う清華大学に籍を置く小池さんが、豊富な事例をもとに中国式DXの現状と、日本が学ぶべき点を教えてくれる本です。
「はじめに」には次のように書いてありました。
「大都市の商業施設やオフィス街などを除けば昔ながらの古びた街並みが未だ広がる中国において、目に見えないデジタルインフラとその活用が社会のあり方や人々の生活を変化させている。筆者が中国の現地で感じたのは、供給側にも需要側にも共通する基盤が民間の活力だということだ。換言すれば、中国市場と中国人に備わる寛容性と合理性と挑戦力が新たなイノベーションを産み出していると感じたのである。」
中国はあらゆる分野で世界的に存在感を増していますが、大学ランキングも例外ではありません。直近の各種大学ランキングで、精華大学はアジア圏第1位として全世界のトップ20の常連(2021年にはコンピューター・サイエンス、電子工学、エネルギー工学等の複数部門で世界1位)となっているそうです。また中国経済は、2020年末の国内総生産は、米国に次いで2位(日本は3位)です。
中国ではQRコードによる電子決済がすごく進んでいて、インターネットを使ったイノベーションがどんどん展開されているようです。次のように書いてありました。
「中国で一気に普及したデジタルイノベーションのなかにはQRコードを用いたものが多い。商店やレストラン等で会計をする際には、店側のQRコードを自分の携帯で読み取るか、相手に自分のQRコードを見せれば決済ができる。」
「また、新たな価値のもとで人間の評価基準も新たに生まれている。ネット取引で積みあがったデータによる信用スコア付けがそれである。個人情報を共有するほど信用スコアが上がると共に、スマホでの決済や商取引など対象サービスを利用するほどにスコアがあがる。」
「他方で、日常においても監視カメラや顔認識、携帯GPSを組み合わせた認証機能による信用スコア付けが進み、信号無視をすると減点されたりと、法規制を超えた行動規制も生まれている。」
そんな中国では起業もさかんに行われているそうで、「現在の中国では年間440万社、1日平均にして1.2万社が誕生していると言われている。」なのだとか!
食とインターネットの両分野をつなげるネットイノベーションによる新たなビジネスも展開されていて、その一つが上海交通大学の学生が構想して創業した出前アプリの「ウーラマ」です。このような学生の創業には、いろいろなメリットがあるようです。
「中国の大学のキャンパスには学生はもとより教師たちの家族も住んでいるので、日本の大学からは想像することが困難なほど大きく、上海交通大学でも学内に5万人という一つの都市並みの規模である。このような一定の人口がまとまった閉鎖的な空間でサービスの提供を試運転できるのも、中国の学生ベンチャーの強みである。7万人を擁する精華大学のキャンパス内でも、自動配達ロボットが日々テスト走行している様子を見ることができる。」
また精華大学では、「x-lab」という精華大学のインキュベーション施設が主催するベンチャー大会が、毎年行われているそうです。精華大学には、起業家と精華大学起業エコシステムを融合的に包み込み発展させる役割を担っている「精華大学サイエンスパーク(TUS)」もあり、創業の四段階である、創意(アイデア)、創新(創意を商品やサービスに)、創業(ビジネス)、創造価値(付加価値)のうち、創意と創新をインキュベーション施設x-labが担い、創業、創造価値を主に担うのがTUSなのだとか。「x-lab」の講義や創業支援には、約7年で延べ4万人を超える精華大学の学生が参加、有望案件への2019年度の融資額は約400億円だそうです。
とても素晴らしいと感じたのは、精華大学の学生の創業支援への姿勢。実は、中国の大学生の起業の失敗率は95%なのだとか! それでも支援を続けているのは、若者の活力に期待しているだけでなく、失敗をしてもいいのだと伝え、たとえ失敗したとしても再起を促すようにしているからだそうです。……これは本当に素晴らしいですよね! 相手は超優秀な精華大学生なのですから、間違いなくこの失敗を糧にして、再起してくれるでしょう。なんといっても失敗は、成功よりも人間を成長させてくれるものですから。日本の大学にも、ぜひ同じようなシステムを作って欲しいなと感じました。
それにしても……中国って社会主義国家でしたよね? うーん……本書で紹介される大学や民間の活力のパワーに圧倒されてしまいます……。
中国では、2019年秋に、習近平国家主席が「ブロックチェーンを国家として発展させていく」と宣言し、ブロックチェーンが積極的に活用されているそうです。(ただし暗号通貨については、2021年、マイニングや暗号通貨保管ウォレット等まで含めた暗号通貨に関する業務全てを禁止する方針が出されています。)
そしてデジタル通貨も、実用化に向かっているようです。次のように書いてありました。
「中国では2014年から中央銀行がデジタル人民元の研究を始め、長い間開発が進められてきた。(中略)2022年開催の冬季五輪会場でもホテル、スーパー、レストランや交通手段で試験的に導入されている。」
「(前略)デジタル人民元は決して倒産することのない中央銀行の信用に基づくという安心があるという。また技術的には、デジタル人民元はネット環境が無くても利用できるために、災害時にも問題が起こらないという利点がある。」
「また、デジタル人民元の管理者である中央銀行にとってもメリットが大きい。制度設計では従来の金融制度を維持しつつ金融政策の権限や効力も保持し、通貨の流通経路の把握もより可能になる。(中略)つまり、市中の通貨量も既存の金融制度も変わらない。」
「(前略)セキュリティ上ブロックチェーンを用いるとの検討もあるようだが、あくまで中央集権体制であり、ビットコインのような権威機関を持たない分散型の仕組みとは完全に異なる。」
……通貨のデジタル化は、今後世界中で進んでいくと思うので、この中国のデジタル人民元の動きにも注目していきたいと思います。
中国経済のたくましい現状を知ることが出来ました。この他にも、日本経済を上向かせるための提言などもあり、とても参考になると思います。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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