『認知バイアス 心に潜むふしぎな働き (ブルーバックス)』2020/10/22
鈴木 宏昭 (著)

 見ているはずのものが見えていない、確かだと思っている記憶が違っている……誰もがよく感じる、このような認識のずれは、なぜ起こるのか、そのメカニズムを詳しく解説してくれる本で、内容は次の通りです。
第1章 注意と記憶のバイアス:チェンジ・ブラインドネスと虚偽の記憶
第2章 リスク認知に潜むバイアス:利用可能性ヒューリスティック
第3章 概念に潜むバイアス:代表性ヒューリスティック
第4章 思考に潜むバイアス:確証バイアス
第5章 自己決定というバイアス
第6章 言語がもたらすバイアス
第7章 創造(について)のバイアス
第8章 共同に関わるバイアス
第9章「認知バイアス」というバイアス
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「はじめに」には、次のように書いてありました。
「(前略)認知バイアスという言葉は、心の働きの偏り、歪みを指す。ただしだからと言って、精神疾患などに見られる心の働きを指すわけではない。こうした疾患を持たない人たちの行動の中に現れる偏りや歪みに対して認知バイアスという言葉が用いられる。」
「(前略)本書が強調したいのは、「人は賢いからバカであり、バカだから賢い」ということだ。もう少し丁寧に言うと、ある場面での賢さは別の場面での愚かさの原因になるし、ある状況での愚かさは別の状況で人が見せる賢さの裏面なのだ。」
 そして「第1章 注意と記憶のバイアス」では、「注意は限られている」「注意をしても見えない」という衝撃の実験結果が紹介されています。例えばバスケットボールの試合で、白シャツチームのパス回数を数える課題を与えられた人は、試合中にゴリラが乱入したことにすら気づけないという事例は、驚きと同時に、なんか分かるような気もする(私もたぶん絶対気づかない)と思わされました……。こんなふうに目が節穴になることは仕方ないようで、その理由として、1)視覚情報を貯蔵する場所の容量がとても少ない、2)視野の中ではっきり認識できる場所は小さい、3)目を動かして探している(サッケード)最中は視覚処理はまったく行われない、などのことがあげられていました。
 こんな感じで、人間がやらかしがちの多くのミス(認知バイアス)について、実験や事例をもとに分かりやすく解説してもらえます。
 とても驚いたのが、「第8章 共同に関わるバイアス」で、「ブレーンストーミングによって生産性、多様性が高まるわけではないという実験結果がある」と書いてあったこと! なんと、1980年代よりも前に行われたブレーンストーミングの22個の有効性検証実験では、ブレーンストーミングが有効だったという研究は一つもなかったそうです。……確かに。考えてみれば私自身もちゃんと「ブレーンストーミング」をしたのは、研修の時だけのような気が……(苦笑)。
 有効でない理由としては、
1)ブロッキング(他人のアイデアを聞いているうちに自分のアイデアを忘れる、または同じ意見だと思ってしまうなど)
2)評価不安(誰かに馬鹿にされるのが不安になる)
3)タダ乗り(誰かがやるだろうと思ってサボってしまう)
 の3つがあげられていましたが……確かに……これにも納得してしまいます。「ブレーンストーミング」でなくても、会議で「何かいいアイデアないかな?」という問いかけに応えてくれるのも、いつも同じ人のことが多いし……。大勢の人がいると「誰かがやるだろう」という心理になりがちなのだとか。もしかしたら「ブレーンストーミング」は少数精鋭チームでやった方がいいのでしょうか? でもそれだと「ブレーンストーミング」に必要な「多様性」が失われそうな気がしますが……難しいですね……。
 最終章の「第9章「認知バイアス」というバイアス」には、次のように書いてありました。
「(前略)人の知性は、人の住む環境の中で、そして人の生物学的な条件の下で作り出されたものである。限られた注意資源、勝手に繋がりを作り、作話をしてしまう記憶、自分のコントロールの及ばない無意識的な処理、諸刃の剣である言語の利用、そういう生物学的な条件、そして社会との協調およびそれがもたらす軋轢という環境の条件の中で私たちの知性はつくり出された。また、今後現れるであろうすべての状況に事前に準備するわけにはいかないので、ここ数万年くらいはあり合わせのものでブリコラージュしながら修繕屋として生活してきたのである。だから、それを度外視した状況を勝手に設定して、そこで人間の知性を論じたりしても意味がない。」
 ……人間は認知バイアスを起こしがちなのだということを心に留めて、状況に合わせて判断や行動をしていくしかないのでしょう。
 それでも、この章に書かれていた「認知バイアスをうまく利用した環境デザインという方法」は、とても良いなと感じました。
 例えば、高速道路における車両のスピードのコントロールを行うオプティカル・ドット・システムでは、道路に描かれた模様で、ドライバーが勾配を知覚しやすくなるよう誘導しているそうです。
 また一部の外国での臓器提供の手続きでは、「提供する」ではなく「拒否する」にチェックを入れさせることで、「提供する(選ばれて欲しい選択肢)」が選ばれる確率を上げているとか……こういう、さりげない賢い方法を「ナッジ(軽く肘で相手をつついて、ある行動を促す)」と言うそうです。どちらも、とても素晴らしい方法だと感じました。
 そして本書の「おわりに」には、次のようにありました。
「認知バイアスは、人間の本能でも、生得的な性質でもない。それは文脈によってバイアスになったり、私たちの支えになったりしてくれるものなのだ。(中略)今まで人類として築き上げてきた道具、自分が経験の中で開発し、研ぎ澄ませてきた道具を組み合わせて、新しい難題にチャレンジする他方法はない。
 幸いなことに、ナッジに代表されるような環境のデザインも徐々に社会に浸透してきているように思う。これは私たちが間違わなくても良いところで犯してしまう間違いを少なくしてくれる可能性がある。また、あるいはAIの飛躍的発展などが、私たちの認知的な道具箱に、新たな道具として加わってくれる可能性は高い。」
 ……人間のもつ「認知バイアス」について具体的、総合的に解説してくれる本でした。とても参考になるので、みなさんもぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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