『タイミングの科学: 脳は動作をどうコントロールするか (学術選書 101)』2022/1/25
乾 信之 (著)
脳イメージングの発達に伴い近年飛躍的に解明が進んだ「タイミングの科学」の最前線を紹介してくれる本です。
なお、タイミングの定義は、「反応のために最も有効な時間条件を創り出すこと」で、外部環境からの感覚情報を手掛かりに時間を推測して反応する「一致タイミング」と、自己ペースで動作の「間」をコントロールする「相対的タイミング」があるそうです。次のように書いてありました。
「脳は運動の経験と学習を通して、自らが発した運動指令とその結果生じる動作や外部プログラムの環境との関係性を学習し、この関係を学習表象として獲得する。この運動表象のうち、特に運動の時間構造の記憶に基づく概念が運動プログラムである。一致タイミングは「感覚情報を選択して反応を計画する運動プログラム」に基づき、相対的タイミングは「運動の各部分部分を寄せ集めて、その時間関係をコントロールして一連の運動にまとめている運動プログラム」に基づいている。」
そして本書の内容については、「はじめに」に次のように簡潔にまとめてありました。
「(前略)本書のハイライトは次の四点である。第一に、スポーツの「肝」は見越し反応であり、その練習は見越し反応が出るまで行わなければならないこと、第二に、「からだで覚える」記憶の正体である運動プログラムは近未来を予測し、リオ五輪のリレー銀メダルや「江夏の21球」をもたらしたこと、第三に、タイミングと力発揮は異なる系で制御され、タイミングは力発揮に影響を与えるが、その逆はなく、タイミングは力のコントロールより先に習得すべきであること、第四に、チームプレーにおける協働動作のタイミングはアクション・シミュレーションに基づき、そこにミラーニューロン・システムが活動することである。」
個人的にとても参考になったのは、「第1章 練習の科学」。動作が系列的に遂行されるには、あらかじめ一連の動作が運動プログラムとして準備されていなければならないので、スポーツは「見越し反応」が出るまで練習しなければならないそうです。
「身体的な練習を繰り返すと、骨格筋だけでなく、脳にも変化がもたらされる。スポーツの熟練者では知覚-運動系の大脳皮質に使用頻度にしたがう変化(使用依存性変化)が観察されている。また音楽家の脳においては音を処理する領域にとどまらず、楽器演奏に伴う動作のコントロールや触覚の情報処理に関わる脳領域でも使用依存性変化がみられる。このように熟練者と未熟練者のパフォーマンスの違いは脳の働きの違いに多くの部分を依存している。」
……これ、私の経験とも一致しています。楽器の練習をしている時など、難しい指使いなどが何度練習してもうまくいかず、精神的にヘコんでしまうことが何回もありますが、そういう時は、気分転換に他のもっと易しい曲を練習することにしています。そして数日後に気を取り直して練習を再開すると……いつの間にか、以前よりうまく演奏できるようになっているのです。これを数回やっているうちに……もしかしてこれ、「難しい指使い」のために必要な、体内の筋肉や神経のネットワークの結合に時間がかかっているだけなのかもと想像するようになり、同じような場面では、積極的に「逃避」して体内の準備が完了する時間がくるのを待つという戦術をとるようになりました。私なりの「楽しく、じわじわ上達」する方法です(笑)。ただし、これを行う時には、「逃避」する前に「精神的にヘコむぐらい何度も練習する」こともセットで必要になりますので、それをお忘れなく。「ただ楽をしているうちに上達する」なんていうことは、現状ではありえませんから(笑)。(もしかしたら将来的には、脳細胞に外部から情報をアップロードすることで、本当に「楽に上達する」ことが出来るかもしれませんが……)。……おっと、少し横道にそれてしまいましたが、要するに、熟練するためには、何度も練習して体内に、「運動プログラム」を構築していく必要があるということと、私の体験は同じものだったのでしょう。
さらに「第2章 「からだで覚える」記憶の科学」では、「筆跡はどの身体部位(手でも口でも足でも)で書いても似ている」ことから、「筆跡が末梢の神経部位や筋に関わっているのではなく、中枢に書字運動のパターンが蓄えられていることを意味している。」ことや、「バッティングは途中で止められない」ことなど、興味深い事実を知ることができました。
「系列動作は運動プログラムによって遂行されており、運動プログラムとは単一の動作ではなく、動作系列の発現を担っているので、経時的につながっている動作を途中で分断して変更しようとすると、その変更は著しく遅延する。」そうです。……なるほど、確かに。
さらに「第3章 敏捷の科学」でも、次のような興味深い記述が。
「(前略)視覚反応時間は聴覚反応時間より40ミリ秒長い時間を要している。
視覚反応時間が聴覚反応時間より長いのは、感覚器のところで電位変化が起こる前に化学過程があるからである。」
「10メートルより近い場合には、出来事がどこで起こったかについて耳の方が早く知り、その後、目がそれを確かめる。それに対し、10メートルを超えると、目が最初に情報を受け、耳がそれに追随する。おそらく、聴覚空間と視覚空間を調整するために、近い場合と遠い場合では情報処理が異なると思われる。」
その他、「第4章 タイミングと力の科学」、「第5章 チームプレーの科学」でも、さまざまな実験等を通して分かってきたことなどをたくさん紹介してもらえます。
タイミングの最新研究を通して、「脳は動作をどうコントロールするか」を明らかにしようとしてる本でした。興味のある方はぜひ読んでみてください。
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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