『がん‐4000年の歴史』2016/6/23
シッダールタ ムカジー (著), Siddhartha Mukherjee (その他), & 1 その他

 紀元前から現代まで4000年にわたって人々を苦しめてきた「がん」と、患者・医師たちの苦闘のドラマを通して、謎めいた病魔の真の姿を浮かびあがらせ、ピュリッツァー賞ほか各賞を総なめにした傑作ノンフィクションです(『病の皇帝「がん」に挑む』改題)。
 古代エジプトの医師イムホテプが「治療法はない」と述べたその腫瘍を、医聖ヒポクラテスは「カルキノス(「カニ」)」と名づけ、19世紀の外科医は「あらゆる病の皇帝」と怖れました。
 前半(上巻)では、病の皇帝・がんとの闘いに、臓器摘出や放射線治療、化学療法(抗がん剤)が用いられてきたことが主に語られていくのですが、その凄まじい死屍累々っぷりに圧倒されました。臓器摘出を行うほどの犠牲を払ってもがんは全身に転移してしまうこと、凄まじい吐き気を起こさせられ、患者の体力気力をすっかり奪ってしまうほどの強烈な化学療法を受けてもがんから逃れる可能性はあまりなかったこと、それどころか患者の死期を早めてしまうことも多かったことなど、読んでいて、うわぁ……がんとの闘いは、まさに試行錯誤で行われてきたんだなーと慄然とさせられました(汗)。
 それでも後半(下巻)になると、多くの患者さんの犠牲(命)のおかげで積み上げられてきた医学的知見がしだいに生かされてきて、今後のがん治療への期待が持てるようになります。だからこの本は、たとえ上巻で心が折れたとしても、ぜひ下巻まで読み通してください。悲惨な長い病院生活のなかで亡くなっていった大勢の患者さんたちの治療努力の積み重ねが、じわじわとがんの治療方法を改善させていったことが分かって、最後には希望を抱いて読み終えることが出来るようになるので……。
 さて、がんの治療がとても困難なのは、がんは私たちの正常な細胞も行っている機能をうまく活用して増殖しているので、がんだけを選択的に除去することが極めて困難だからです。この本には次のような記述がありました。
「がんはその起源だけが遺伝子にあるのではない。すべてが遺伝子の支配下にあるのだ。がんのあらゆる習性が異常遺伝子に支配されているのだ。変異した遺伝子から流れ出る異常シグナルの滝(カスケード)は、細胞内を広がりながら細胞の生存能力を高め、増殖を加速し、移動を可能にし、血管を新生し、栄養状態を高め、酸素を取り込み――がんを生きながらえさせる。注目すべきは、そうした遺伝子のカスケードというのは実のところ、生体の正常なシグナル伝達経路のゆがんだバージョンだという点だ。」
 不治の病と言われてきたがんですが、嬉しいことに、最近はどんどん死亡率が減少し続けているそうです。それに寄与したものは、次のように、予防と治療の両方なのだとか。
1)肺がんの減少は、一次予防(喫煙率の減少)
2)大腸がんと子宮頸がんは、二次予防(がんのスクリーニング検査の成功)
3)白血病、リンパ腫、精巣がんは、化学療法の成功
4)乳がんは、二次予防(スクリーニング検査)と化学療法の両方
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 そして1980年代以降になると、腫瘍生物学の研究成果(がんの弱点の発見)を取り入れた新たな三原則が生まれました。
1)がん細胞を分裂に駆り立てるのは、DNA内の突然変異の累積である(過剰に活性化した遺伝子だけを標的にするという方法で、がん細胞だけを特異的に攻撃できるかもしれない)
2)原がん遺伝子とがん抑制遺伝子はたいてい、細胞のシグナル伝達経路の中心に位置している。(永久に活性化されたままの経路にがん細胞が依存しているという事実は弱点になりうる)
3)がんの特徴的能力(無制御の分裂、死のシグナルへの抵抗、全身に転移、血管新生)への依存が弱点になりうる。
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 そして現在は、次のような「がんゲノムアトラス(プロジェクト)」が進められているそうです。
「がんゲノムアトラスは、がんを個々の遺伝子ごとに理解するのではなく、がんの領土全体の地図をつくる。いくつかの腫瘍のゲノム全体を解読してそこに存在する遺伝子変異を網羅的に同定するのだ。」
 ……がんゲノムアトラスを作るのは大変そうですが、がんの謎の解明に大いに役立ちそうなプロジェクトとして期待できそうです。
 医学や生物学の研究が進むことで、今後のがん治療がより効果的になったり、予防できるようになったりするといいですね☆
 がんと人間との戦いの歴史をじっくり学べるとともに、がんとその治療法を概観できる本でした。医学やがんに興味のある方はぜひ読んでみてください。お勧めです☆
 なお、私が読んだのは単行本版(『病の皇帝「がん」に挑む』)でしたが、この本にはより新しい文庫本版(『がん‐4000年の歴史』)がありますので、ここでは文庫本版を紹介させていただきました。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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