『不便益のススメ: 新しいデザインを求めて(岩波ジュニア新書)』2019/2/21
川上 浩司 (著)
便利なものたちは、私たちの能力を落としているのではないか? という観点からの発想があることを教えてくれる本です。
「不便益」(ふべんえき)とは、不便から生まれる益のことで、不便だからこそ良いこともあるのだそうです。この本を、どのジャンルで紹介すべきか、とても迷ったのですが、発想の転換の重要性を学ぶという意味で、「教育」ジャンルで紹介させていただきました。
この本には、不思議なアイデア(効率化や自動化の逆にある「不便益」の発想から生まれたデザイン)がたくさん載っています。
同じ場所を3回通ると、かすれていくナビ、目盛りが素数の位置にしかない「素数ものさし」……この「素数ものさし」は京大のオリジナルグッズで人気の土産物だそうですが、機能的にはあまり役に立たなくても思い出として役に立つ土産物はともかく、同じ場所を3回通ると、かすれていくナビの方は、方向音痴っぽい弱点のある私としては絶対いらない! と思ってしまいました(汗)。確かに「便利なナビ」は私たちの地図を読む能力や記憶力を奪っているのかもしれませんが、車に乗るたびに「3回で消えてしまうから」と必死で曲がり角を覚えようとしなければならないナビなんて……やっぱり絶対いらない!
とはいっても、この本はとても重要なことを言っているような気もします。
足を使わなければ動かない車椅子の「不便益」は、患者のリハビリに役に立つし、幼稚園のでこぼこな園庭は、むしろ子どもたちの工夫を生み出すのだとか……。確かに、最近はデイケアセンターなどでも、わざと「バリアフリー」の程度を弱めることで、高齢者の人々の身体能力を維持させているところもある(とても効果がある)と聞いたことがあるし、便利すぎると「人間はダメになる」のかもしれません。
でも……だからといって、わざと製品に「不便さ」を組み込むというのは、何か違うような気がします。少なくとも私は、「ときどき間違った漢字を出してくるワープロ」や「大人になると消えてしまう文字で印刷された童話(ピーターパン)」にお金を払いたいとは思いません。ちなみにこの童話は、紙が日焼けしたときと同じ色のインクで印刷されているので、紙が経年劣化で日焼けすると文字が読めなくなるそうです。ピーターパンの世界観にはすごくぴったりで、面白いアイデアだとは思いますが……。
「ときどき間違った漢字を出してくるワープロ」の場合は、故障と見分けがつかないので、それが漢字能力を落とさないために「わざと」組み込まれた機能であっても、故障として修理持ち込みしてしまうでしょう。これはもはや「不便益」ではなく、ただの「不便」ですよね(怒)。
そうは言うものの、やっぱり何かモヤモヤしてしまいます。この本が指摘しているように、スマホ一つで電話やメールだけでなく、映画の視聴や支払い、遠隔地のエアコン操作まで何でも出来ようになって、私たちは少しずつ「生きる力」が落ちてきているのかも。パソコンやスマホがなかった時代を知っている大人たちはともかく、生まれた時から便利家電に囲まれて育った子どもたちは、停電になったときに生き残れるのだろうか? と不安にもなってしまいます。
うーん……。あまり便利ではなかった昔の道具は、実は不便なことで役に立っていたこともあったのかもしれませんが、現代を生きる私たちは、その「不便さが果たしていた役割」を、むしろ「積極的に習得する」方向をめざすべきではないでしょうか。
たとえば「生きる力」が落ちているのなら、キャンプやサバイバルの技術を習得できる「防災学習」を行うとか。家電などの中身の動き(回路)を知る能力が落ちているなら、電子工作キットでの実習を行うとか……。大人の私たちだって、マッチやライターなしでの火おこしや、釜でご飯を炊く能力、馬に乗って槍や刀を振りまわす能力はすでにありませんが、それでも生きていくのに、あまり不都合はないのですから。
時代とともに「必要な能力」は変わるのだし、必要な能力があるのなら、「不便さ」で受動的に習得させるよりも、積極的に習得させたほうが効率的ではないかと思ってしまいました。……つまらない合理主義者の意見なのかもしれませんが……(汗)。
ということで、個人的には、あまり賛同はできませんでしたが、「不便益」に目を向けることで、私たちが忘れかけている何かを思い出させてくれ、いろいろなことを考えさせてくれた本でした。あなたは何を思うでしょうか? 読んでみてください。
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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