『人の上に立つ人の見識力』2008/11/12
渋沢 栄一 (著)
第一国立銀行の創設をはじめ、実業界の第一線から退くまで500あまりの会社を設立、資本主義的経営の確立に大いに貢献し、晩年は、社会・教育・文化事業にも力を注いだ明治時代の実業界の巨人・渋沢栄一さんが、「人の上に立つ人の見識力」を教えてくれる本です。
日本の多くの基幹産業を創ってきた渋沢さんについては、もちろん凄い人だとは思っていましたが、もともとお金持ちの上流階級人だったんだろうとも思っていました。でも、実は「武士」ではなく「農民」の出身だったんですね。もっとも農民とは言っても、ただの農民ではなく「豪農」の出身で、17歳で「武士」になろうと志を立てた後は、一橋家に仕え、欧州各地を視察、帰国後には大蔵省(現・財務省)に勤務したというので、ほぼイメージ通りではありましたが……。それでも、ただの「ぼんぼん」でなかったことは確かなようで、「自分の利益のためではなく、社会の利益のために生きる」ことを信念として貫いた方のようでした。
「1章 「自分の意見」をしっかり持つ人」には、孔子の教え「仁者は己れ立たんと欲してまず人を立て、己れ達せんと欲してまず人を達す(人を立てその望みを達成させて、それから自分が望みを達しようとするその働きを示したもので、君子のような人の振舞いの順序はこのようであるべきものだ)」が説かれていました。渋沢さんは「金はたくさん持つな」「仕事は楽しくやれ」という主義だそうで、その信念から、多くの人の合資協力になる株式会社などを設立して、みんなで恩恵を分かち合う仕組みを作っていったようです。
そして「6章 自分の「器」を大きくする自省力と胆力」では、克己心について次のように書かれていました。
「では、克己心はどのようにして養うのか、言うまでもなく日常の注意以外に方法はない。いつも悪はかならず改め、善はかならず行う心がけが必要である。」
また「7章 「大事」を恐れず、「小事」を侮らない」には、逆境に立ったときの対処法として、逆境を二つ(自分の力で対処できるもの、できないもの)に分けて考えた上で、次のように語っています。
「(前略)私が逆境に立ったとき自ら実感したことと道理から考えてみると、もし誰でも自然的逆境(注:自分の力ではどうにもならない逆境)に立った場合には、第一に「それが自分の運命である」と覚悟するのが唯一の策だろうと思う。足るを知って分を守り、これはいかに焦っても天命であるからしかたないと腹をくくれば、いかに手の打ちようのない逆境にいても、心は平静を保つことができるに違いない。(中略)自分のせいで逆境に立ったのならば、まずその原因の悪い点を直し、また天命でそうなったと自覚したら、焦らずに事と向き合い、冷静に完全の道理を尽くすほかはないと思う。」
……ちょっと「理想論」のように感じた部分もありましたが、人生にとってかなり大事なことを、自らの信念をもとに教えてくれるので、とても参考になりました。
長い人生の間には、いろんな理不尽なことにも出会い、自分の思いようにうまくいかないこともたくさんありますが、「8章 「大安心の人生」を生きる」の次の文章を読んだら、なんだか「よい生き方」をすることは意外に簡単なことのように思えてきて、無駄な心配や不安を、少し消すことが出来たような気がします。
「人間界のことはいかに心配したからといって、なるようにしかならないものだから、無意味な心配は何の役にも立たない。それよりも尽くすだけのことをし、それから先は安心して天命に任せておくほうが賢い。人間の安住は「仁」の一字に帰着する。いやしくも仁にたがわぬだけの決心をもって事にあたり人に接するならば、いつも安心を得て心中綽々たる余裕を保っていられる。人事を尽くすとは、とりもなおさず仁を守ることにあたるので、これさえできればいっさいの解決ができてしまう。そして天もそういう人にはかならず味方するだろう。」
明治時代の人の本ですが、現代文になっているので読みやすいと思います。ぜひ一度、読んでみてください。