『行動分析学入門―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)』2005/9/16
杉山 尚子 (著)

ヒト及び動物の行動を「行動随伴性」という独自の概念によって明らかにしようとする行動分析学を、分かりやすく解説してくれる入門書です。
失敗行動や犯罪の原因は、「あいつはやる気がない」「過去のトラウマだ」など「心」によるものとされることが多いように感じます。でも問題の原因が「心」や「性格」にあるとするだけでは、問題解決にはつながりにくいのが現実です。
行動分析学は、ヒト及び動物の行動を「行動随伴性」という独自の概念によって明らかにするもので、行動の原因を個体内部、つまり「心」ではなく、個体を取り巻く「外的環境」に求めていきます。これは、アメリカの心理学者スキナーが創始した学問体系で、介護や医療、ビジネス、スポーツ、家庭などさまざまな現場で応用されており、大きな成果をあげてきました。
行動分析とは、「行動の実験的分析」を言います。この本ではその実験的分析について、ある女子学生が自分の家庭で行った実験を例として説明してくれていますが、この実験がとても面白くて分かりやすかったです。
それは冬になると高校生の弟が、朝食時に左手をこたつ突っ込んだまま右手だけで食事をして、両親に見苦しいからやめなさいと毎日注意されているのを観察していた姉(女子学生)が、この行動は彼の行儀の悪い(だらしない)性格からくるのではなく、寒いからではないか? と気づいたことに始まりました。そこで彼女は室温を計測し、弟のいる場所が他の人の場所より2度も低いことを見出したのです。
ところが行動分析学を学んでいた彼女の原因追及は、これだけでは終わりませんでした。「室温」が彼の行動の真の原因だと確認するために、彼女は家族に何も明かさないまま、ストーブを使った実験を行い、見事に弟の問題行動の真の原因が「室温」であることを突き止めたのです。これはまさに、次の文章で言い表される「行動分析学」そのものではないでしょうか。
「(前略)行動分析学は行動の法則を明らかにする科学であると同時に、行動の問題を改善していこうとする実践的な側面もあわせもっている。行動を改善しようとするときには、原因となる変数を操作する必要があるから、操作できない変数を原因と考えても無意味である。」
人間は高度で幅広い能力を持っているので、何かの問題行動をその人の「心」の問題として片づけ、その人自身の我慢や頑張りだけで解決させようとすれば、それだけで解決してしまうことも多いと思います。でも、このような「行動分析学」的な方法で真の原因を突き止めた方が、社会全体にとって、より望ましい解決法を見いだせるような気がします。例えば、さっきの事例では、寒い季節に発生する「弟の問題行動」の原因を、弟の「心」に押し付けるだけでは、みんなにとって幸福な解決策を見出すことが出来ないのではないでしょうか(弟が両親のどちらかに「場所を代わって」とお願いしたら、次に「だらしない」と罵倒されるようになるのは誰でしょう?)。
また、「第3章 行動をどのように変えるか」では、有能なリーダーと有能でないリーダーの指示の出し方の違いが紹介されています。有能なリーダーが、指示を具体的に出した上で、実行するかどうかをすぐに観察(フィードバック)していたのに対し、有能でないリーダーは、指示を出した後しばらく時間経過してからフィードバックする、あるいは何もフィードバックしない、などの行動をとっていたのだとか。
このような行動分析は、よりよいリーダーシップの行い方を考える上で、とても参考になると思います。
「行動分析学」がどのような学問かについて、分かりやすく紹介してくれる本でした。興味のある方は読んでみてください。