『まちがえる脳 (岩波新書 新赤版 1972)』2023/4/20
櫻井 芳雄 (著)
人がまちがえるのは、どんなにがんばっても、脳がまちがいを生み出すような情報処理を行っているから。でも脳がまちがえるからこそ、わたしたちは新たなアイデアを創造し、高次機能を実現し、損傷から回復することができる……脳の実態と特性を、最新の研究成果をふまえて解説してくれる本です。
「第1章 サイコロを振って伝えている?」には、ニューロンが発生する電気信号の詳しい仕組みの解説の後、そのニューロンには「不規則かつ低速度で多様性のない信号の伝播」という「返品必至の性能」しかないことが次のように書いてありました……(涙)。
「(前略)わたしたちの脳の中でニューロンからニューロンへの信号は、やはり30回に1回程度しか伝わらず、しかも伝わるタイミングはランダムということになる。
このような不確実な信号伝達では、脳がよくまちがえるのは当然といえる。しかし、このことから、まちがいが不可避であることはわかるが、これではさすがに確率が低すぎるようである。」
……でも実際には、わたしたちが間違えるのはこれよりずっと少ないことから、わたしたちの思考や行動は、一つひとつのニューロン間の信号伝達で決まるわけではないことも分かっているようです(……ホッ)。
「(前略)信号を伝える際に、一つのニューロンだけではまったく無力であり、少数のニューロンでも伝わりにくいが、多くのニューロンが協力してほぼ同時に信号を送れば、伝わる確率はぐんと向上するのである。」
……なるほど。
そして「第2章 まちがえるから役に立つ」では、ニューロンの特性が次のように解説されていました。
「脳の信号伝達は確率的であり、しかもその確率はニューロン集団の同期発火がゆらぐことで刻一刻と変動している。わたしたちの脳は、常にそのような状態で毎日働いているらしい。そうであれば、時には信号の伝達がうまくいかず、まちがいが起きてしまうのは当然であろう。」
「(前略)ニューロン集団の同期発火も常に自発的にゆらぎ変動しているため、ときどき信号がきちんと伝わらなかったり、意外な神経回路を通ったりすることがあり、ある確率で予期せぬエラーが出力される。つまり、脳はある確率で意外性のある答えを出すようになっている。それらの多くがエラーとなるのであろうが、今までになかった有用な答、つまり斬新なアイデアや発想が出される可能性もあるにちがいない。」
……間違いは起こるけど、ニューロンのこんな特性は、それ以上に有用な働きがあるようです。
なるほどなー、と思って読み進めていたら、1920年代、ソビエト連邦時代のロシアで見つかった「シィー」という記憶の天才のエピソードが……その青年は記憶力が非常に良く、しかもいったん記憶したことをいつまでも忘れなかったそうです……記憶力があまり良くない私としては、ちょっとコンプレックスを刺激されましたが……なんと彼は、逆に忘れることが困難だっただけでなく、詩や散文のような読み手の想像力にゆだねる部分が多い文章を理解できなかったそうです。次のように書いてありました。
「結局、コピーや写真のような記憶は、たしかに鮮明でいつまでも消えないが、強固で変わらないゆえに、分解されず、連合もせず、再合成もされず、新たな状況に合わせて変えることもできない。つまり、多くの記憶を必要とする判断、統合、思考などの高次機能に使う材料として活用することができない。シィーは、想像力や抽象的な思考力を完全に欠いていたのである。
このことから、(中略)記憶が不正確でありまちがいだらけであること、つまり、常に変容し続けることには、やはり大きなメリットがあることがわかる。面白い小説も、偉大な発明も、すべて記憶の不正確さのおかげである。物忘れや思い違いを起こすような柔軟な神経回路があるからこそ、つまり、どんなに信号を伝える精度を上げても、所詮は確率的に伝えることしかできず、ときどきはまちがえて伝えてしまうような神経回路があるからこそ、創造は生み出されるのである。」
……そうだったんだ! へへっ☆ 物忘れバンザイ☆
「このように脳の神経回路の構造と機能は共にいいかげんである。しかし、見方を変えてみると、神経回路の構造と機能は固定されておらず、柔軟であるともいえる。これは電子回路にはない脳の特性である。そしてこの脳の柔軟性が、動物が生存する上できわめて有益であることもわかってきた。それが、脳がもつ独特の冗長性、つまり部分的な損傷を受けても影響を受けなかったり、大きな損傷でも回復するという特性である。すなわち、特定のニューロンだけが信号を伝達するのではなく、多数のニューロンが協力して伝達するということが、また、記憶をつくるときと同じように、経験により信号伝達の確率や経路が変わるということが、損傷に対する脳の頑健さと回復力を生み出しているのである。」
さらに「第3章 単なる精密機械ではない」では、AIは脳にはなれないとして……
「(前略)コンピュータと脳は、構造についても、またそこを流れる信号についても、まったく性質が異なっている。コンピュータ上のプログラムであるAIの動作が、脳の動作を解明する上でまったく参考にならないことは明らかである。」
……私たちの脳は、一方通行の電気信号とはまったく違ったシステムで動作しているので、そういう意味でAIとは、まったく違うようです。
『まちがえる脳』……人の脳はまちがえるからこそ、融通がきいて創造性も発揮できるということを、科学的に解説してくれる本でした。うーん、そうかもなー……わたしたちの脳は、むしろ「いいかげんさ」のおかげでAIを凌駕しているのか、フフ……と、ちょっと良い気分になりましたが……最近のAI(とくに生成AI)は、なにやらブラックボックスの仕組みで、平気で大嘘がつける「いいかげんさ」も持ち合わせているんですよね……そこが、ちょっと私たちの脳の仕組みに類似しているような気も……もちろん人間の脳とは違う仕組みのブラックボックスですが……うーん、AIはAIで、おそらく、したたかに進化していくことでしょう。
人間の脳について、最新の脳科学的知見をまじえて詳しく解説してくれる本で、とても勉強になりました。「第4章 迷信を超えて」では、脳について広く知られてきたことに間違いがあったことも教えてくれています。脳に興味がある方は、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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