『動物心理学入門: 動物行動研究から探るヒトのこころの世界』2023/7/18
日本動物心理学会 (監修), 小川 園子 (編集), 富原 一哉 (編集), & 1 その他
動物とヒトとを比べることで、こころへの新しい視点を得る『動物心理学入門』。主な内容は次の通りです。
序章 動物心理学のすすめ
第1章 脳から探る
第2章 動物の多様性から探る
第3章 動物たちが見せる絆から探る
第4章 動物の社会的葛藤から探る
第5章 動物の感覚・知覚から探る
第6章 動物の学習から探る
第7章 動物のこころの不調から探る
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「序章 動物心理学のすすめ」によると、動物心理学会は1933年設立、研究テーマは、記憶や学習、動機づけ、恐怖や不安、性差・個人差、親子や男女の絆、共感や協力など。動物とヒトは、どこが同じで、どこが違うのか、それはなぜなのかを調べると、ヒトの行動やその背景のより良い理解につながるそうです。
興味深い内容が満載でしたが、なかでも興味津々だったのは、「第5章 動物の感覚・知覚から探る」の「光遺伝学」。次のような記述がありました。
・「光遺伝学とは、光を用いて、脳の特定の細胞や経路を、ミリ単位の時間の精度で、興奮させたり、抑制させたりできる画期的な技術です。光で神経細胞を刺激すると、砂糖水が出ても、マウスはリッキング反応(注:吸い口を舌で舐める行動)をしなくなりました。(中略)現在の運動を止め、未来の時間予測を遅らせること、すなわちマウスの「時間を止める」ことに成功したことになります。」
・「(前略)脳の神経細胞が活動した時に発現する最初期遺伝子とよばれる遺伝子を調べることによって、脳のどの領域が時間の認識に関連して活動しているのかを探索してみました。」
……脳の領域については、いくつか候補があがっていて、今後の展開が期待できそうです。
また「コラム7)動物心理学で使う神経科学的手法」によると……
「光遺伝学では、光に反応するタンパク質を発現させた細胞に特定の色の光を当てることにより、細胞を興奮または抑制させます。具体的には、チャネルロドプシンというタンパク質を発現した細胞に青色の光を当てると、その間だけその細胞を興奮させることができます。ハロロドプシンと橙色の光を用いると、細胞を抑制することができます。(中略)光遺伝学の登場により、脳の特定の細胞の活動を特定のタイミングで操作できるようになりました。今後この技術がさらに発展することにより、新たな発見が得られることでしょう。」
……「光遺伝学」の今後の成果に、大いに期待したいと思います。
また、もう一つ興味津々だったのが、「第6章 動物の学習から探る」の次の研究。
「記憶痕跡を示した実験を1つ紹介します。リューら(liu et al., 2012)の研究では、ある学習課題をさせたときに活性化(活動)した神経細胞だけに特殊なタンパク質が発現するマウスを作製しました。学習済のマウスを別の部屋に連れていき、以前の部屋での学習課題時に活性化した神経細胞集団をその特殊なタンパク質を用いて再び活性化(再活性)させたところ、学習時に見せた行動(この実験では、マウスが恐怖を感じたときに示す、すくみ行動)を起こすことに成功しました。これは、学習・記憶に関連した神経細胞を人工的に活性化させることでその記憶を思いださせることができた、ということを示唆しています。」
……このような研究で、神経細胞レベルで「学習・記憶」が明らかになっていくと、神経の病気の治療や、より効果的な教育法などに役立つかもしれませんね!
先ほど紹介した光遺伝学が、記憶の研究で次のように使われた例も紹介されていました。
「最近の研究において、動物の脳内に光を照射して脳部位の活動を操作する技術(光遺伝学)を用いて、「恐怖記憶を楽しい記憶に置き換えることができる」という知見が得られています。」
……ちょっと怖いような気もしますが、恐怖記憶に悩んでいる患者さんは多いと思うので、その治療に役立つかもしれません。
さて、「第7章 動物のこころの不調から探る」では、動物実験の意義が次のように書いてありました。
「動物モデルを使うことで、実際の患者さんでは倫理的にも現実的にも実施不可能である、脳組織の観察や実験的な介入、環境のコントロールなどを行うことができます。また、寿命が短く世代交代の早い種を使えば、世代を超えた研究も、ヒトの縦断研究よりもはるかに簡単に行うことができます。(中略)動物を、ストレス負荷をはじめとするさまざまな環境条件に曝露することで、このような相互作用についても調べることができるのです。」
また「コラム10)動物心理学はSDGsにどう貢献しうるか?」では……
「動物心理学の目的の1つは、人間のこころや行動についての理解を増進することです。人間を対象とはできない実験操作を、承認されうる範囲で動物実験において遂行することが、人間の行動メカニズムの理解に示唆を与えうると考えると、SDGsにおいて人びとを救うために設定されているゴールのいくつかは動物心理学と密接に関係するといえます。」
……確かに。例えばサーカディアン・リズムの研究では、それに関わる遺伝子のはたらきに関する研究に、なんとショウジョウバエが多く用いられているそうです。
日本動物心理学会 (監修)の『動物心理学入門: 動物行動研究から探るヒトのこころの世界 』、この他にも「近交系マウスを用いて、(人間の)双生児研究と同様に、特定の形質における遺伝的要因と環境要因の関与を明らかにしようとする研究が数多く行われている。」とか、「シジュウカラの他にも、ベルベットモンキーやプレーリードッグなど、天敵に応じた声を持つ動物は複数見つかっている。(動物が単語を持つ可能性が高い)」とか、「記憶した後の特定の時間帯に深く眠ることが固定化のために必要(「記憶を良くする」には勉強の前後にしっかりと眠ることが重要)」など、参考になる情報をたくさん読むことができました。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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