『魔女の森 不思議なきのこ事典』2023/1/6
サンドラ・ローレンス (著), 吹春 俊光 (監修), 堀口 容子 (翻訳)

 奥深く魅惑的なきのこの世界、それはまさに「魔女の森」。
『魔女の庭 不思議な薬草事典』の続編で、シイタケ、マツタケ、トリュフに致死性の毒きのこまで、まるごと「きのこ」の本。内容は次の通りです。
はじめに
第1章 きのこの世界史
第2章 きのこの働き
第3章 きのこの達人 きのこの伝承と伝説
第4章 きのこの作る妖精の輪/
第5章 きのこと料理
第6章 きのことアート
第7章 きのこと幻覚
第8章 きのこと魔女の貯蔵室
第9章 魔境・きのこのダークサイド
第10章 きのこと未来/索引

『魔女の森 不思議なきのこ事典』というタイトルだったので、きのこの生物図鑑のような感じなのかなと思ったのですが、冒頭には次のように書いてありました。
「本書は、巷間言われる伝承や物語、古くから言い慣わされた慣習など、読み物としての一般的な情報のみを提供することのみを目的としており、全ての情報は確実性のある科学的根拠によるものではなく、学術的な信用性を担保するものではありません。」
 ……あー、だからこの本は、伝承などを盛り込んだ、きのこの雑学の総合的エッセイ集みたいな感じなんですね。
 それでも面白い話をたくさん読むことが出来ました。
 例えば「第1章 きのこの世界史」では、「約18,700年前、スペイン北部のカンタブリアで埋葬された中年女性は、判明している最古のきのこ摂取者」だとか、「中国と日本では、きのこは寿命を延ばし、不老不死をもたらすとさえ考えられた」とか、考古学や古代のきのこ事情を知ることが出来ました。
 また「第2章 きのこの働き」では、次のようなことも……。
「読者の多くは驚くでしょうが、菌類は植物より動物と共通する方がたくさんあります。たとえば植物の細胞壁はセルロースでできていますが、菌類の細胞壁はキチン質を含み、これは昆虫や甲殻類の外骨格を形成する物質と同じです。(中略)また、菌類は、動物と同様に養分をグリコーゲンとして蓄えますが、植物は養分を糖分にします。さらに、植物は独立栄養生物なので、エネルギーを光合成で作り出すことができますが、菌類は動物と同じく従属栄養生物、つまり、養分を他の有機物から得ます。(中略)違いとしては、動物が移動してエサを取り、口などから何らかの器官を使って栄養を摂取し、それから酵素のある胃などの内部器官で消化するのに対し、菌類は栄養源となるものの内部や周囲に生え、細胞の外に酵素を出して、有機物を外部で分解し、それから改めて細胞壁を通じて吸収し直すということです。」
 そして「第5章 きのこと料理」では……
「2018年、考古学者たちは、イスラエルのラケフェト洞窟でビール醸造の痕跡を発見しました。13,000年前のもので、それまで最も古かった5,000年前の中国北部のビールをやすやすと抜き去ったのです。一方、パンは14,400年ほど前からありますが、パン生地を酵母で発酵させる作り方はずっと後のものです。一部の研究者は、古代メソポタミア人が発酵パンを焼いたと考えていますが、これまでのところ最古の証拠は紀元前1000年頃のエジプトのものに過ぎません。」
 そして個人的に一番興味深々だったのは、「第10章 きのこの未来」。なんと放射線をエネルギーに変える力がある菌がいるようなのです。
「1991年、科学者たちは仰天しました。1986年のチェルノブイリ原発事故現場の溶解した原子炉の中に、菌が成長していたのです。Cladosporium sphaerospermumというその菌は、ただ生き残っていただけでなく、大繁殖していたのです。この菌は放射線耐性があり、漏れ出した放射線をエネルギーに変えていると判明したのです。そして、NASAの科学者たちが、火星プロジェクトで宇宙飛行士を放射線からシールドするために使えないか、研究を始めています。しかしこれは、地上でまだ最もよくわかっていない王国についての、驚くような可能性の1つに過ぎないのです。」
 この他にも、「役目を果たしたら堆肥になるよう作られた菌由来の煉瓦」なんていう驚くような建築素材が!
「煉瓦を焼くと菌は成長を止め、建物の形を保ちますが、それは単に成長を中断しただけらしいのです。ですから再び水分を与えると、ダメージや損傷を受けても大丈夫ですし、不要になれば堆肥にすることも可能です。最近の実験では、菌糸は電気信号を伝えることも解りました。これは、ちょっと脳のように、環境に合わせて反応できる家の実現も夢ではないのかもしれません。」
 さらに布地になる菌も……
「菌糸で作った素材は防水性があり、低アレルギー性で、無毒、防火性もあります。紙のように薄くもできれば、丈夫で耐久性も持たせられるのです。」
 この他、なんと本物そっくりの代替肉になる菌もあるそうで、きのこの世界は本当に魔法のように奥深いようです……。
 とても面白い『魔女の森 不思議なきのこ事典』でした。もちろん幻覚作用をもつものや毒性のあるものなど、「魔女」っぽいきのこの話題もたくさん紹介されています。
 またフルカラーのきのこのイラストなどもたくさん掲載されていて、とても見ごたえがあります。なかでも「第6章 きのことアート」のビアトリクス・ポターさんの描いたツバムラサキフウセンタケの植物図(精密イラスト)は、とても美味しそうに見える見事なきのこのイラストでした。
 きのこについて総合的に知ることが出来る(ただしあまり科学的ではないかもしれませんが……)『魔女の森 不思議なきのこ事典』です。興味のある方は、ぜひ読んで(眺めて)みてください。
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