『色のコードを読む なぜ「怒り」は赤で「憂鬱」はブルーなのか』2022/12/24
ポール・シンプソン (著), 中山ゆかり (翻訳)

「色」に関わるさまざまなことを、感情、芸術、歴史、宗教、科学、医学、政治、ポップカルチャー等々、多様な側面からひもといていく色の文化誌です。
対象としている色は、赤、黄、青、オレンジ、パープル、緑、ピンク、茶、黒、グレー、白で、フルカラーのイラスト・写真も多数掲載している「カラフルな本」です。
 冒頭の「イントロダクション」から興味深い記事がたくさんありました。
 例えば、美術で勉強した(ような気がする)シュヴルールの『色彩の同時対比の法則とその応用』(1839)は、彼がゴブラン織製作所の再建を任されたとき、顧客からの「色がひどくくすんでいる」「灰色にみえる」というクレームを受けて染料を調査し、その原因が、染料の化学的問題ではなく、色の組み合わせによって、くすんで見えるという視覚的問題だということを突き止め、任意の色の強さが隣接する色からどのような影響を受けるかを体系的に分析した結果をまとめた本だそうです。彼の考え方は芸術家に影響し、シュヴルールの混色していない色の点々を密集させて置くという考え方が、新印象派の点描法にも影響を与えたのだとか。
 また後には西洋文化の偏見ではないかという批判を受けたというバーリンらの『基本の色彩語:普遍性と進化について』(1969)についての、次の記述も面白く感じました。
「(前略)人類には普遍的な11種類の基本の色彩カテゴリーがあり、どの言語の進化過程でも、基本の色彩語のカテゴリーは決まった順序で現れると提唱した。100以上の言語を調査した結果、最初に現れる2つの色彩語はつねに「暗と明」(通常は黒と白と解釈される)、3番目は赤、4番目は黄ないし緑、5番目は4番目に登場しなかった緑ないし黄、6番目は青、7番目は茶、8番目は紫、ピンク、オレンジまたはグレーのいずれかであると結論づけたのである。(中略)
 当然の結果として、より洗練された言語ほど、より“原始的”な言語に比べると多くの色彩語をもっているというのが、バーリンとケイの主張であった。」
 ……雪の名前の種類が北の地方ほど多いことを考えると、色もその「地域の環境に多くあるもの」に影響されるのだとは思いますが……少なくとも7番目ぐらいまでは妥当なような気がします。もっとも白と黒は、そもそも「色」なのか?という疑問が感じられますが……。
 この本の著者の方々もそう考えたのか、本書で最初に登場するのは黒や白ではなく「赤」です。
赤は、大昔から顔料が作られていたそうです。次のように書いてありました。
「(前略)6万4000年前、ネアンデルタール人は、現在のスペインの洞窟の岩に、赤い横線と縦線を用いて梯子の形を描いた。」
 おそらく最初は血液などを使っていたのでしょうが、血液などはすぐ色褪せるので、ヘマタイト(鉱物)を洗浄・濾過・粉砕して顔料を作っていたようです。
「赤」は生肉、血、火を象徴するもので、怒り(顔が赤くなるから)、さらに罪、殉教、革命、左翼を象徴する色にも使われています。
 そして二番目に登場するのは「黄」。個人的には「赤」ときたら次は「青」のような気がしましたが、「イエローの前にはゴールドがあった」ことを考えると……「金」に近いから「黄」が二番目なのでしょう。「金」は富や官能、「黄」は太陽や元気を象徴する色だそうです。
 黄は私も好きな色ですが、驚いたことに、なんと黄は「良い」意味につかわれるばかりではないそうです。黄色い紙を使っていた「イエローブック」という本の内容から「いかがわしく退廃的、同性愛的」なものの象徴となったり、黄疸から病の象徴になったり、さらに臆病者や売春婦の色にも使われたとか。
 でも中国の皇帝の色や、変わらぬ愛と献身を伝えるための黄色いリボンにも使われていて……黄はさまざまな意味で使われている色なんですね……。
 続いて登場するのは「青」。2015年の調査では、青は調査した10か国すべてで最も人気のある色だったそうです。私も青は大好きな色です(……というか実は嫌いな色がないんですけどね(笑))。
 青は空と海、高いブランドイメージ、法と秩序など良いイメージが多いようですが、死後に唇が青くなることから「鬱」を象徴することもあるようです。
 そして「オレンジ」「パープル」「緑」「ピンク」「茶」「黒」「グレー」「白」と続いていきます。
 とても驚かされたのが「緑」で登場した量子コンピュータの話。なんと1780年に発明された高価なコバルトグリーンという顔料が、量子コンピュータで新たな脚光を浴びているそうです! 次のように書いてありました。
「(前略)ワシントン大学の研究者たちは、この色素が量子コンピューティングに役立つ可能性があることを発見した。量子コンピューティングの基本的なアプリケーションのひとつは、スピントロニクスと呼ばれるものだ。簡単に言えば、電子のスピン(および電荷)を利用することで、これまでには考えられなかった速度でデータの保存や転送を行うコンピュータをつくることができるのである。スピントロニクスは1980年代に開発されたが、零下200度でしか動作しないため、その進歩が阻まれてきた。リンマンのコバルトグリーンには、室温で量子コンピュータを機能させることができる特殊な磁気特性があることが実験で示されている。つまり、この愛されていない顔料が、新たな技術革命の先駆けとなる役割を担うかもしれないのだ。」
 ……えええ! 顔料って、そんな使い方もできるんですね……。

 この本では、色の作られ方が、いろいろ紹介されていて、それもとても勉強になりました。
 例えば高価な絵の具といったら、青い宝石のラピスラズリを複雑に調合したウルトラマリンブルーなどの他、貝を使って作る紫のティリアンパープル(1オンスの染料になんと約25万個の貝が必要)がありますが、紫はそのせいか「聖なる色」として皇帝など限られた人しか使えないことが多かったようです。日本では一般人に使用が禁じられた「禁色」で、冠位十二階では、最高位が濃紫、2番目の位が薄紫を特権的に使えたのだとか……。
 また色は鉱物などを使って作られていたせいか、毒性のあるものも多かったようで、イギリスで壁紙に使われていたシェーレグリーンなどの緑色には、砒素含有量の高いものが多く、病気を生んでいる非難されていたようです(実はカビのせいだったのかもしれないそうですが……)。そして化粧品に使われていた白にも鉛が含まれていて、鉛中毒を起こさせていた疑いがあるようです。
 ……そうだったんだ。こんな風にしてさまざまな色の顔料や染料が、作られてきたんですね。画材店で売られている絵の具は、色によって価格が驚くほど大きく違うことがありますが、それは原料や製造方法が違うからなんだなあ、とあらためて痛感させられました。
 いろんな色の絵の具で絵を描けるだけでなく、いろんな色やデザインの洋服を気軽に選べる時代に生きていられることは、本当にありがたいことなんですね……。
 色にまつわる、さまざまな知識が満載の、楽しくて、ちょっぴり勉強にもなる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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