『未知なる人体への旅: 自然界と体の不思議な関係』2022/11/29
ジョナサン・ライスマン (著), 羽田 詩津子 (翻訳)

 北極圏、ネパール高地、アメリカ先住民居留地など世界各地で医療活動をおこなってきたライスマンさんは、体内の器官を理解するためには、自然の生態系への深い知識が必要だと気づきます。人間は自然という大きな「体」のひとつの器官であり、内臓どうしは体内の生態系として互いに連携して働いている……喉、心臓、脳、指など15の器官と体液について、自然界を通して得た豊かな知識と深い洞察をもとに現役医師が語ってくれる、人体の驚異と奇跡の物語で、内容は次の通りです。
はじめに――奥深い人体をめぐる旅
第1章 咽喉――身体が“生から抜け出る道”
第2章 心臓――健康を分刻みで守る最重要の臓器
第3章 便――内臓の重要な情報を伝える人体の廃棄物
第4章 生殖器――未来志向の特殊な器官
第5章 肝臓――体のゲートキーパー
第6章 松果体――睡眠の守護者
第7章 脳――世界を見るための深遠な展望台
第8章 皮膚――臓器の問題を映し出す鏡
第9章 尿――体内に広がる太古の海
第10章 脂肪――隠れたヒーロー
第11章 肺――汚染物質を防ぐ神聖なバリア
第12章 目――もっとも優美でもっとも脆い器官
第13章 粘液――病原体と闘う万能の防衛兵器
第14章 指――体内の重要な情報を知らせる末端部位
第15章 血液――全身に栄養を届ける貴重な体液
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「はじめに――奥深い人体をめぐる旅」には、次のように書いてありました。
「(前略)自然界ばかりか人体を本当に理解するためには、生態学を理解しなくてはいけない。自然界における生態学は、個々の種と種の関係を、さらにその種が土地や気候とどう関連しているかを研究することだ。熟練したキノコ採取者は地域、季節、最近の降雨パターン、頭上の木と足元の腐葉層の状態によって、どのキノコが生えているかを予想する。同じように医師は、病気には季節と地理の生態学的背景があることを知っている。夏の特定の地域ではライム病を想定するし、冬にはインフルエンザ、一酸化炭素中毒を推定する。キノコ採取と同じように、それらの病気を診断するために、どんな手がかりを見つければいいかがわかっているからだ。」
「本書では臓器についてと、そうした臓器が人体をどのように構成しているかについて述べている。各章でひとつの臓器または体液について取り上げ、医師の視点からだけではなく、見知らぬ国を歩き回り、新しい風景や住人たちの奇妙な風習を経験した探検者の視点からも語っている。」
 また「訳者あとがき」には、本書の概要について、次のような簡潔なまとめがありました。
「本書では喉、心臓、脳、粘液など十五の臓器と体液を取り上げ、ライスマンの自然界での豊かな知識と経験をもとに、独自の視点から人体の驚異が語られていく。大自然の中や人里離れた土地での珍しい体験と臨床現場での経験が融合され、より深く人体の神秘に踏み込んでいく描写には冒険物語を読むようなワクワク感がある。」
 ……まさにこの通りの内容でした☆ 一般の人向けの医学エッセイという感じの本ですが、イラストがまったくなくて、文章だけがみっちり書きこまれている本で、正直に言って、すごく読みにそうだと予想していたのですが(笑)、そんなことはまったくなく、人体と自然界の関係をめぐる意外な物語や、現役医師のぶっちゃけ話に驚かされ、面白くてどんどん読み進めてしまいました。
 例えば「第1章 咽喉――身体が“生から抜け出る道”」では、喉はもともと構造的に窒息と誤嚥を起こしやすい形をしていて、人体は複雑な方法でそれを防衛していることが紹介されます。もともと構造的な問題があるので、老化や病気でその防衛力が衰えて病状が深刻化しやすいことを、ライスマンさんは嘆いていたのですが、ある患者さんとの出会いで、この仕組みは、むしろ「生から抜け出る」ことに役立っているのかもと気づくのです。……なるほど、そうなのかも、と思わされました。人間を含む生物は「自然淘汰」「新陳代謝」が基本なのですから、私たちの身体のデザインは、「生き残るだけの元気があるものだけが生き残れる」ようになっているのかもしれません。
 ……こんな感じで、読み進めるうちに、いろんな面で「新鮮な視点」に気づかされるのです。
「第5章 肝臓――体のゲートキーパー」では、肝臓などの内臓の機能の医学的解説だけでなく、料理した動物の臓器を食べた経験についても語られていました。
「医学の勉強は基本的な解剖学よりも、さらに深い理解を与えてくれた。動物の構造と生態を知っているからこそ、いい食べ物を見分け、それを上手に調理できるのだ。」
 ……それまでライスマンさんはレバーを食べるのが好きではなかったそうですが、医学を学ぶことで偏食が改まり、料理についての認識が清められたのだとか(笑)。
 また「第8章 皮膚――臓器の問題を映し出す鏡」では、動物の生皮を上質のバックスキンにする方法を実践しています。皮を乾燥させると同時に柔らかくするために使うのは、なんと動物の脳! 脳をすりつぶした粘液を生皮の両面に塗り付ける「脳漿なめし」という方法があるそうです。このあまりにも衝撃的な「脳の使い方」には絶句してしまいました……。
 ところで「皮膚」は患者さんの疾患を教えてくれることもあるようです。「皮膚は患者の隠れた臓器の健康について、医師に重要な手がかりを与えてくれる」そうで、黄疸は肝臓疾患を、下肢の茶色く厚くなった皮膚は慢性心臓疾患を、身体をなでても何も感じない場合は脳卒中を疑うべきなのだとか。皮膚にはいろんな役割があるんですね!
 また皮膚には幹細胞があることも初めて知りました。
「高性能の顕微鏡で拡大してみると、薄い表皮自体がスライスチーズを重ねたみたいに五つの層に分かれていることがわかった。最上層は角質層という防水の外皮で、髪の毛や爪と同じ物質、ケラチンでできている。その下の各層が、皮膚を完璧で健康に保つ特別な役割をそれぞれ担っている。ある層は表皮細胞を結びつけ、別の層はケラチンを産生する。さらに、表皮の最下層、真皮との境界になっている層は幹細胞を含んでいる。幹細胞は必要に応じて皮膚を補充し、傷を治し、皮膚から自然にはがれて死んだ細胞に置き換わり、家に、車に、仕事場にほこりとして落ちていく。」
 この他にも「血液の流れ」を「水の流れ」と対比させ、「人間の健康は体液が安定して着実に流れることで保たれる」、「医師の仕事は詰まりを取り除き、体液がきちんと流れるようにすること、すなわち、医療行為の大半は配管工事のようなものだ。」などのちょっとクスっとさせられつつも、なるほどと思わされる記述がたくさんあって、医学的知識を身近なものとして学ぶことが出来ました。
 面白くて勉強にもなる素晴らしい医学の本(エッセイ集)でした。健康や医学に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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