『オスとは何で、メスとは何か?: 「性スペクトラム」という最前線 (NHK出版新書 683)』2022/10/11
諸橋 憲一郎 (著)

 生物にはオスとメスという、異なる生殖器官をもった性が別個に存在するのではなく、オスとメスとはじつは連続する表現型である……生物の体の精密な構造と、それを駆動するメカニズムをやさしく解き明かしてくれる本です。
「はじめに」には次のように書いてありました。
「(前略)性スペクトラムとは、オスからメスへと連続する表現型として「性」を捉えるべきではないか、という新たな考え方のことなのです。」
 例えばエリマキシギという鳥には、3種類のオスがいるそうです(冒頭のカラー写真でこの3種類を見ることができますが、本当に見た目がまったく違います!)。
 その一つは「典型的なオス」で、縄張りを持っていて他のオスが来ると追い出すもの、もう一つは「少し弱そうなオス」で、縄張りは持っていないが他のオスの縄張りに入っていけるもの(縄張り内にメスが複数いる場合に交尾のチャンスがある)、そして最後は「メスにしか見えないオス」で、メスに擬態することで、強そうなオスの目を盗んで交尾するチャンスを見つけるのだとか……。トンボでも同じようなものがいるそうで、トンボの場合はメスの中にオス擬態型がいることもあるのだとか!
「性はオスとメスという2つの対立する極として理解すべきではなく、2つの間で柔軟に立ち位置を移動させることができるものだ、と理解すべきなのです。」と書いてありましたが……こういう事例を見ると、確かにそうなのかも、と思わされました(笑……単純)。
 またカクレクマノミやオキナワベニハゼなど、「擬態」ではなく完全に「性転換」してしまう生物もいるそうです。
 人間の場合も、思春期以前の子供の性ホルモンの血中濃度はほぼゼロ(オス化もメス化もなし)なのに、思春期に入ると男性ホルモン・女性ホルモンの産生が活発化(オス化メス化)して、10代の終わりから20代にかけてオス化メス化のピークを迎え、40代以降になると徐々に性ホルモンが減少する……なるほど。こうしてみると、オス・メスが対極にあるのは、人間でも、ある一時期だけなのかも……。
 この本では、次のような人体や生物に関する興味深い話題をたくさん読むことができました。
「ヒトの身体はおよそ200から300種類の細胞から構成され、身体を構成する全ての細胞の数は37兆個ともいわれています。(中略)これらの細胞で産生されたホルモンは細胞外へと分泌され、血流に乗って全身の細胞に運ばれます。そして男性ホルモンと女性ホルモンが到達した細胞では、オス、またはメスの特徴が誘導されることになります。」
「実は、性腺原器は、性染色体の組み合わせがXYであろうがXXであろうが、精巣と卵巣のどちらにも分化することができる、という興味深い能力を備えています。」
「(前略)ヌクレオソーム構造は構造の変換を通じ、遺伝子の機能を調節しており、活発に機能する遺伝子領域は弛緩した状態にあり、機能していなければ硬直した構造をとっています。つまり女性ホルモン受容体や男性ホルモン受容体によって活性化される遺伝子は、あらかじめ弛緩した領域を構築していなければなりません。ということは、遺伝子のヌクレオソーム構造は雌雄で異なっており、この構造の差が遺伝子発現に差をもたらす基礎となっていて、そのうえで女性ホルモン受容体や男性ホルモン受容体が作用することで、初めて遺伝子発現の差が構築されると考えられます。」
 ……オスとメスは対極にある存在ではなかったという驚きの事実を、いろいろ知ることができる本でした。
 実は、男性ホルモンは女性でも産生されるし、女性ホルモンは男性でも産生されるそうです(ただし量は大きく異なります)。例えば、骨を維持するために重要な役割を担っている破骨細胞と骨芽細胞の働きは、男性ホルモンと女性ホルモンによって制御されています(女性ホルモンは破骨細胞による骨の食べ過ぎを押さえていて、男性ホルモンは骨の「食べられて、埋められる」サイクルを抑えながら骨量を一定に保つように働いているのだとか)。人間には、両方が必要なんですね……。
『オスとは何で、メスとは何か?: 「性スペクトラム」という最前線』。逆の性に擬態して生きる鳥やトンボ、何度も性転換する魚、ホルモンで組織を操るネズミ……さまざまな事例や、生物の雌雄が形作られる仕組みを教えてくれる本でした。
 オスとメスとはじつは連続する表現型である……生物って本当に不思議ですね……。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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