『教養としての写真全史 (筑摩選書)』2021/10/14
鳥原 学 (著)

 記録から出発した写真が、次第に報道・広告・ファッションなどへと役割を広げ、芸術へと進んでいった道筋をたどる「写真全史」です。
「イントロダクション」によると、写真の定義は次の通りです。
「光、放射線、粒子線、熱などのエネルギーを化学的あるいは物理的手法で捉え、視覚的に識別できる画像として記録・保存し表示する手法およびその画像」
 写真は「人間が直接的に関与しない、科学的なプロセスによって生成されている」ものなんですね。
 そして「第一章 カメラと写真の歩み」には、写真の歴史の概要がまとめられていました。初期のカメラは、十世紀ごろには存在していたそうです。
「ヨーロッパ史に登場する最初期のカメラは「カメラ・オブスクラ」で、ラテン語で「暗い部屋」を意味した。たいていは暗箱の焦点面に結像した対象の輪郭をなぞって描くための写生用具だったが、監視用の大規模なものも作られている。最初期のカメラ・オブスクラは、十~十一世紀のエジプトの光学研究者イブン・アル=ハイターム(アルハゼン)の著者『光学の書』に登場する。」
「十六世紀になると、イタリアのダニエル・バルバロによって、凸レンズをはめ込んで像を得る携帯用のカメラ・オブスクラが考案された。ガラスの製造技術が進んで、レンズの精度が向上し、メガネや望遠鏡の品質が向上したのもこの頃のことである。」
「「写真」が登場するのは十九世紀の前半で、光によって化学変化を起こす物質を用いて、モノの影を定着するのに成功したのが第一歩だった。一七十九年にドイツ人のハインリッヒ・シュルツェが発見した硝酸銀の感光性を利用して、一八〇二年にトマス・ウェッジウッドが紙や革に、ガラスに描かれた絵のシルエットを焼き付けたのだった。この実験では像を定着できなかったが、写真誕生への扉が開かれた。」
「写真の大衆化を促したのはアメリカのイーストマン写真乾板会社だった。同社が一八八八年に発売した「ザ・コダック」は、乳剤を塗った帯状の紙を感光材に使った世界初のフィルムカメラである。」
 その後、二十世紀初頭には日本でも本格的なカメラ製造が始まり、一九九〇年代半ばにはデジタルカメラが普及、さらにスマートフォンの急速な普及で、現在、写真は私たちの生活になくてはならないものになっています。
「第二章 一九九〇年代以降の写真と社会」では、デジタル化は世界の「フラット」化などの変化をもたらしたことが書いてありました。
「デジタル化はその可能性を多くの人に開いたが、一方で現実を混乱させるためのフェイクな画像や動画も数多く制作されることになった。その結果、私たちは報道と広告、ドキュメンタリーとプロバガンダとの境目を見極めることが難しくなった。」
「今日では写真や映像について、どのように解釈すべきかという「読み解き」の倫理と技術、それを踏まえて活用する術がもとめられている。」
「二〇〇〇年以降、「ディープラーニング」を活用した画像認識技術は飛躍的に進んだ。手元に一枚の顔写真さえあればその人の名前はもちろん、経歴、所属する団体、行動パターンを探し出すことさえできるようになった。この技術は、社会の安全を確保し、犯罪を抑制する有効なツールとして活用されている。(中略)
 ただし、それは大きな懸念を含んでいる。(中略)それはテロ対策として有効ではあっても、個人情報の扱いについて、大きな問題を突きつけている。」
 ……記録から始まったカメラ(写真)は、私たちの生活をいろんな意味で変えてきたんですね……。
 この後は、「ポートレイト」「スナップショット」「フォトジャーナリズム」「広告写真」「芸術写真」「ファッション」「ネイチャー・フォト」「建築写真」「東アジアの写真史」など、さまざまなテーマで、写真の歴史が紹介されます。
 写真は、広告や芸術で、私たちの生活を便利にしてくれたり、美しく彩ってくれたりするだけでなく、スナップショットや建築写真で、過去の状態を生き生きと教えてくれます。
「(前略)スナップショットは、写真発明以降の人々の生活実態や、普遍的な感情のあり方を知るためには最もよい素材といえる。ある時代の、ある社会のなかに生きた個人のリアリティが表出されており、私たちは過去と直面することができる。」
 ……本当にその通りですね!
 また「第八章 芸術と写真1」には、写真表現の潮流が次のように紹介・解説されていました。
一九七〇~一九一〇年代:ピクトリアリズム(絵画的写真)
一〇二〇~一九三〇年代:アヴァンギャルド/モダニスト(フォーマリズム)
一九四五~一九六〇年代:ニューリアリズム/ヒューマニスト写真
一九六九~一九七九年代:ミニマリズム、コンセプチュアリズム/後期モダニズム
一九八〇~一九九〇年代:ポストモダニズム/ネオコンセプチュアリズム
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 一八三九年に写真が発明されたとき、フランスの画家ポール・ドラローシュは「今日から絵画は死んだ」と言ったそうです。でもその後の展開を考えると、写真はむしろ絵画制作を支援してくれたのかもしれません。次のように書いてありました。
「著名な画家としては、ロマン主義の画家ウジェーヌ・ドラクロワ、新古典主義のドミニク・アングル、印象派のエドガー・ドガやギュスターヴ・カイユボット、アール・ヌーボーの画家アルフォンス・ミュシャなども絵画制作のために多くの写真を参照した。」
 ……そうだったんだ。自分で絵を描くときも、写真を参考にするとすごく簡単に描けるのですが、なんとなくズルしているような気がしていましたが……考えてみると、もともとカメラは「写生のための道具」だったんですよね……。ここでは、ドラクロワさんの絵画作品と制作のための写真が対比されていましたが、さすがドラクロワさん、写真のイメージと絵画のイメージはかなり違った印象になっています。
 カメラと写真の歴史を、いろんな角度から総合的に紹介してくれる『教養としての写真全史』でした。残念なことに、写真はすべて白黒でサイズも小さめですが、写真の歴史をつくってきた画像は、どれもとても印象的です。写真や芸術に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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