『脳とAI-言語と思考へのアプローチ (中公選書 125)』2022/1/7
酒井 邦嘉 (著, 編集), 合原 一幸 (著), 辻子 美保子 (著), 鶴岡 慶雅 (著), & 2 その他
人工知能(AI)の現状と未来について、脳科学・工学・言語学や将棋のエキスパート達が対談している本で、内容は次の通りです。
第1章 脳とAI
脳から見た問題解決のメカニズム――酒井邦嘉
数理工学の方法論――合原一幸
次の一手を決めるプロセス――羽生善治
鼎 談――酒井邦嘉/合原一幸/羽生善治
解 説――自然と人間(酒井邦嘉)
第2章 AIは人間の脳を超えられるか
座談―酒井邦嘉/辻子美保子/鶴岡慶雅/福井直樹
解説――想像力と創造力(酒井邦嘉)
第3章 チョムスキーと脳科学
対 談――福井直樹/酒井邦嘉
解説――言語と思考(酒井邦嘉)
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なかでも興味津々でどんどん読み進めてしまったのが「第2章 AIは人間の脳を超えられるか」。この本のサブタイトル「言語と思考へのアプローチ」について、いろいろ興味深いことを知ることが出来ました。そのごく一部を以下に紹介します。
「(前略)現在のAIは――少なくとも自然言語処理分野は――人間がどのようにして言語を獲得し使用するかという問題に正面から取り組むというよりも、コンピュータが持つ強み(大量のデータを扱える、高速の情報処理が可能である、大量の記憶を貯蔵できる、疲労しない、感情をもたない、等々)をフルに活用して、高度な最適化理論を用いて、いわば「無理矢理」結果を近似させているように言語学者からは見えます。」
……確かに。機械翻訳などを行うAIは、文脈(内容)が分かっているというよりは、「こういう文章には、通常こういう訳文がついている」という経験(?)に基づいて、対応するものを選んで、それを組み合わせて訳文として提示してきているような気がします。
これに対して人間の言語処理方法は、かなり違っているようです。最近の脳科学的実験では、次のことが分かってきたとか。
「同じ日本語の文であっても、普通に木構造が組めるときは、左脳の言語野を中心に活動がでるのですが、人工的な副詞を加えて無理に対応関係を作るようにと参加者へ指示すると、右脳などの異なる領域の活動が増すことがわかりました。
この結果から、知識だけで無理矢理文を理解しようとすると、自然な脳機能が阻まれることが予想されます。学校教育で英語を学んだ場合、使われる脳のシステムが英語のネイティブスピーカーとはまったく異なるという可能性が出てきたのです。(後略)」
……もしかすると、脳にはもともと「言語を理解するための」生得的な機能が備わっているのかもしれないそうです。次のことも書いてありました。
「(前略)僕は人間が生物として持っている「生得的」な能力を入れてやらないと、AIは少なくとも人間と同じようには言語を用いることはできないのではないかと思います。」
……実は人間の子どもは、学校できちんと教えられなくても、驚異的なスピードで言語を習得しますが、これはAIが行っている機械学習とは違った、何らかの「ずる」をしている可能性があるというのです。
「自分の周りの雑音の中から言語に係わる部分だけを受理してそれを離散的要素に分節化することから始まって、言語データと適合する無数の仮説の中から「可能な仮説」のみを抜き出して(「不可能な仮説」は最初から考慮しない)、その中で自分を取り巻く言語環境にマッチした仮説を選択する。こういうことをやっているから、極めて短時間に、「劣悪」なデータを基にして自分の言語を獲得できるのです。
この「ずる」を可能にしている部分というのが、人間が生得的に持っている能力なんですね。普遍文法と呼ばれているものです。ですから、それを発見できて、何らかの形で機械に入れられれば、はるかに人間に近くなり、かつ効率もはるかによくなるのではないか。この方向性自体は、今のディープラーニングみたいな考え方と、別に矛盾しないと思います。言語獲得のある部分はディープラーニングの類でモデル化して、(おそらく)中核的部分は普遍文法のモデルを援用する。(後略)」
……なるほど、なんとなく納得してしまいました。ただし2章の解説には、次のようにも書いてありました。
「残念ながら、現状のAIが「言語という問題」に貢献する見込みはほとんどない。実際のところ、当初から単語列の先読み程度しか試みられておらず、ディープラーニングもその域を出ていない。従って、今後もしばらくはAIの進歩と言語研究の進展に関係がない状態が続くだろう。」
「脳の「言語器官」が生得的に組織化されることは、骨や筋肉の発生と同様に純粋に生物学的な過程なのだ。」
「(人間は)学習して無限が分かるようになるのではなく、予め無限を扱えるように設計された脳を持って人は生まれてくるのだ。」
……そしてこの後の「第3章 チョムスキーと脳科学」へと進んでいくのです。正直に言って、チョムスキーの「数理言語学」はよく分からなかったのですが、言語に数学的な説明モデルを導入したようです。次のように書いてありました。
「言語に係わる現象が何でもサイエンスの対象になるわけではありません。サイエンスとして研究できるような法則性が顔を出している現象に目を向け、理想化と抽象化などの方法を駆使しながら説明モデルをつくっていく。こういった方法論を言語研究に体系的に導入したのはチョムスキーが初めてて、そこにこそ生成文法の真骨頂があります。」
「人間には言語に関わる普遍的原理、非常に抽象的な少数の原理が、生まれつき備わっている。そしてその原理には、実は経験によって書きこまれなければいけない未指定の部分が残っている。つまり、人間が遺伝的に持っている「普遍文法」のシステムは不完全に指定されているのです。この未指定の部分を「パラメータ」と言います。
日本語のデータにさらされたら、その個別のパラメータが定められて値がセットされる。
個別言語の獲得というのは、本質的には経験によるパラメータ値の固定化であると捉えるのです。そう考えれば、言語獲得がなぜあれほど短期間に、かつ貧弱なデータを基にして一様に行われるのか、という「プラトンの問題」と呼ばれる謎が解けてくる。」
そして3章の解説には、次のように書いてありました。
「乳幼児が示す母語の獲得は、膨大なコーパスに触れるわけでもなく、学校で教わるような国文法や英文法の類を学習することもないまま、驚異的なスピードで完成する。これがいわゆる「プラトンの問題」である。チョムスキーは、個別言語の文法の大本には「普遍文法」の原理が働くはずだと考えた。そうすると、普遍文法は生まれる前から生得的に脳に備わっていると考えざると得なくなる。これが「言語生得説」である。」
「実は、脳内の計算は極めて節約されていることが分かっている。詳細な感覚情報を注意の及ぶ範囲に限定し、さらに取捨選択しながら、行動に必要な「判断」が行われている。言語の処理も同様だ。その意味では、探索空間や作業空間の絞り込み(縮約)に、「意識」が関係しているといえよう。この意味において、人間はAIよりはるかに賢い。すべてを学習する必要なしに、学習を超えた「知恵」を身につけられるからだ。」
……人間と現在のAIでは、言語などの学習・処理方法は大きく違ってる……なんだか、納得してしまいました。
そして人間の脳は、まったく白紙の状態から学ぶのではなく、言語などのための、なんらかの機能(仕組み)が組み込まれた状態で生まれてくる……という仮説も、妥当性があるように感じます。というのも脳には、視覚野や聴覚野という、ある感覚機能に特化した領域が存在している(脳は可塑性が大きいので、必ずしも用途は限定されてはいないようですが……)ので、視覚とリンクしやすい脳細胞のように、言語とリンクしやすい脳細胞が生まれながらに存在していても不思議ではないと思います。
そして脳科学研究が進んで、人間の脳の細かい働きが解析されていけば……それをすべて機械に移植(実装)することも不可能ではないのかもしれません。本書の中でも、次のように書いてありました。
「もし人間の赤ちゃんで、誕生時の脳の初期状態が将来読み取れたとすれば、その初期条件をAIに移植して最適化させていけば、人間に限りなく近いAIが実現できることでしょう。それが真のシンギュラリティなのかもしれません。」
……こういうAIが出来たなら、人間と同じように「意識」を持ち、自ら創造性を発揮する存在になるのでしょうか? ……なんか怖いような気がしますが……幸い(?)おそらく、まだまだずっと先のことになるでしょう。
『脳とAI-言語と思考へのアプローチ』を多角的に知ることが出来て、とても参考になりました。ここでは、とくに「言語」に関係ある部分を紹介させていただきましたが、もちろん「問題解決」「大局観」など、他にもさまざまな情報が満載です。脳やAI、言語学に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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