『イルカと心は通じるか 海獣学者の孤軍奮闘記 (新潮新書)』2021/9/17
村山 司 (著)
船が苦手な海獣学者が、「陸」のイルカの知能に迫ろうと、水族館に通い続けた孤軍奮闘の三十余年を一挙公開してくれる本です。
この本の「はじめに」には、次のように書いてありました。
「私は動物が苦手である。小さいことにイヌにかまれた。
自分の両側が水という状況もこわい。子どものころに近所の貯水池の上にかかった細い通路から落ちたことがトラウマになっている。
乗り物も得意ではない。バスはできるだけ一番前に座るようにしている。自分で車を運転していて酔ったことが二度ほどある。
しかし、なにより船に一番弱い。(後略)」
……動物も水も船も苦手なのに、なぜイルカの研究を? というと、「高校一年のとある日、テレビで見た映画「イルカの日(1973年公開)」で、イルカとヒトが会話しているシーンに衝撃を受け、「イルカと話したい」という夢が決まったそうです。
ところが……誰もイルカの研究をまともにやっている人はいなかったそうで、指導教官も誰もいなくて……敷かれていないレールを自分で敷きながら、なんとか研究を続けてきたのだとか。イルカはすごく知能が高い見た目が可愛いなど、とても人気のある生き物なのに……日本には研究者が誰もいなかったなんて信じられない……と思ってしまいましたが、イルカは「産業」に結びついていないので、需要がないそうです! 確かに……可愛くて賢いイルカを食べるなんて、とんでもない!(実は昔は食べていたようですが)という感じだから、水産業・食品業には結びつかないだろうし、賢いとは言え、建設業などで水中工事の手助けをしてもらえるわけもないし……なるほど、そういうことだったんですか……。
ということで、この本は、まさに自ら道を切り開いて、好きな研究を続けてきた研究者の孤軍奮闘記録です。誰も指導してくれない、就職先もほとんどないような状況でも、自分の好きな道を進みたい方にとっては、すごく参考になり、励みにもなるのではないかと思います。
またイルカについても、いろいろ知ることが出来ました。
・イルカの出す鳴音(イルカには声帯がないので「声」とは言わないそうです)は、口からではなく、頭部にある呼吸孔の奥から出ている。
・イルカの脳は、進化・適応の歴史の中で「エコロケーション」という能力を身につけたところで飛躍的に大きくなったらしい。(なお、エコロケーションとは、超音波を発して、反射してきた音を聞いて、その物の大きさ、形、材質、距離などを知る能力のこと)
・イルカは夢を見ない(イルカの脳は片方ずつ寝ている(半球睡眠))。
・イルカは言語理解能力が高く、文が分かる。(ハワイ大の研究者によると、「二頭で協力して、新しい行動を創造しなさい」と指示された二頭のイルカは、揃って今までやっていなかった行動を示したそうです!)
・日本最古のイルカ漁の遺跡は今から約5000年前の縄文時代の真脇遺跡(石川県)。
・イルカはクジラ(ハクジラ亜目)の一種で、成獣の身体の大きさがおおむね4~5メートルより小さいものを「イルカ」と俗称している。
・イルカの視力はヒトの視力でいうところの0.1程度だが、眼のつくりや網膜はヒトとほぼ変わらない。(ただしイルカには視軸が日本あるので、右眼が前を見て、左眼が斜め後を見るということができる)
・イルカもヒトと同じように錯覚図形を錯覚する。(エビングハウス錯視で実験した結果)
・イルカは鏡に映ったものを自分だと分かる。(ただし分からない個体もいる)
・イルカは視力より聴覚が優れている。
……などなど、ここで紹介したのはイルカについて書いてあったことのごく一部ですが、彼らの能力を調べるための方法(身体の構造を調べる・知能を実験で調べる)などがとても具体的に紹介されていて、とても興味深かったです。
イルカはすごく知能が高いので簡単なことをやらせると飽きるとか、実験での苦労や苦心をいろいろ知ることが出来ました。……でもこの本は、イルカの学術的研究成果の報告書というよりは、村山さんの研究生活・研究人生がどんなものだったかの記録という性格が強く、「他の人がやっていない研究をしている研究者の苦労話」がメインという感じです。
「イルカと心は通じるか」……30年も研究してきたシロイルカのナックに「ツカサ」と名を呼んでもらえた村山さんですが、「威嚇」もされているそうで……うーん……心はたぶん通じているのかも?(笑)……イルカの賢さ、お茶目さがとてもユーモラスで、その実験の状況を想像するだけで、なんだか楽しくなってしまいます。
イルカが好きな方はもちろん、先人のいない特殊な分野での研究者を目指している方も、ぜひ読んでみてください。
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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