『シルクロード全史 上: 文明と欲望の十字路』2020/11/20
Peter Frankopan (原著), ピーター フランコパン (著), 須川 綾子 (翻訳)
『シルクロード全史 下: 文明と欲望の十字路』2020/11/20
Peter Frankopan (原著), ピーター フランコパン (著)
その道を制す者が世界を制す……人類の欲望と憎しみの交錯を見つめ続けてきたシルクロードの壮大な歴史を、赤裸々に教えてくれる本です。上下二巻の長大な本ですが、文明発祥の地の一つでもあるシルクロードを通って、いかに多様な交易や宗教が交錯してきたか、さらに、混沌とした中東をはじめとする現在の国際状況がいかに育まれてきたかなどの歴史的経緯を知ることが出来ました。
マケドニアのアレクサンドロス大王が東へ攻め入って領土を拡大したことで、ヨーロッパとアジアが出会い文化的共鳴が起こりました。人々は世界の広さを知り、新しい思考やイメージ、概念を手に入れたのです。シルクロードを通って、中国、東南アジア、ペルシア、エジプト、ヨーロッパが交易を始めました。また同時にキリスト教、ユダヤ教、仏教、ゾロアスター教、イスラム教などの宗教も伝わりました。交易はどんどん拡大し、中国の絹や東アジアの香辛料、毛皮、さらには奴隷(黒人だけでなく白人も)などが売買されたのです。
1096年には第一回十字軍がエルサレムに向けて出発、1221年にはモンゴルがアフガニスタンとペルシアに進撃するなど、東西から世界をかき乱す動きも起こります。
ところで13世紀後半には太平洋から黒海、ステップからインド北部、ペルシア湾まで征服していた巨大な帝国モンゴル(ジンギス・カン)というと、暴力・残虐というイメージがありましたが、実は「モンゴル帝国の官僚は、柔軟な経済政策のもとで税率を低く抑える政策を実践していた」そうです。「じつのところ、モンゴルの成功は無差別な残忍さではなく、妥協案を模索し、協調を図る姿勢、そして中央の支配を刷新しながらシステムを維持する継続的な改善の結果だった。」ということを、この本で初めて知りました……へえ、そうだったんだ。
その後、シルクロード(モンゴル?)による黒死病などの疫病の拡大が、ヨーロッパに恐怖をもたらすと同時に、その社会の変革を促すことになりました。
「黒死病による極端な人口減少によって労働力は希少となり、賃金水準が大幅に上昇した。」などの社会変化が起こり、「西の世界が躍進し、競争に打ち勝つための基盤ができたのである。」そうです。
その後、気候変動などの影響もあり、地中海から太平洋にかけて世界情勢に対する不安感が高まり、その打開策として、スペインなどがアジアへの新しい航路を開こうと西へ船団を向かわせて、大航海時代が幕を開けました。
……ん? 大航海時代? 『シルクロード全史』なのに?
この後しばらく南米などの大航海時代の話が続いて戸惑いましたが、どうやらヨーロッパ(イギリス)人の著者と、我々日本人の「シルクロード」感がかなり違っていることに気がつきました。日本人の私は「シルクロード=中国敦煌からタクラマカン砂漠を通ってサマルカンドへのルート」を漠然と思い描いていたのですが、この本では、シルクロードの長い歴史の中で、中国があまり出てこないのです。中国は、贅沢品の絹などの供給地としての「遠い果ての憧れの文明国」という感じにとどまり、この本の「シルクロード」とは、「主に中東」を指していて、この『シルクロード全史』のメインテーマは、中東とヨーロッパ、ロシア、さらにはアメリカとの複雑な関係なのでした。
シルクロード全体に占める距離から考えて、シルクロードでは「中国」がメインになるような気がしていましたが、交易(物流や売買)の面では確かに中東や南欧の方が活発だったはずなので、「中東」がメインになるのは当然なのかもしれませんが、「シルクロード」の東西で、「シルクロード」への見方がこんなにも違うことに衝撃を受けました。
とにかく本書では、大航海時代から後は、ほぼこれらの国(中東とヨーロッパなど)の関係が語られていくようになります。
さて大航海は、シルクロード(東の方)へ向かう新しい海路を開拓しようとしたスペインの船団が勘違いの末に南米大陸にたどり着き、そこで大成功を収めることで、シルクロードへも大きな影響を与えることになります。当時の南米(ペルーなど)には高い文明(文化)がありましたが、武力ではヨーロッパに劣っていました。互いに争い合うだけでなく、数多くの疫病に襲われてきたヨーロッパは、「武器と疫病」で南米を圧倒したのです。
優れた文化を持つ地域を武力で圧倒して、一気に「勝ち組」へとのし上がったヨーロッパの国々は、この強奪外交戦略をシルクロードの国々へも取り始めます。かつて尊敬や憧れの対象だった中東、さらには中国も例外ではありませんでした。こうして第一次世界大戦への流れが形成されていったのです。
ここから後半へ向けては、西欧などの武力強者がいかに強欲に武力弱者を収奪していったかが、かなり赤裸々に語られていって……読んでいて、こんなにはっきり書いて大丈夫なの? と心配になってしまうほどでした(汗)。石油争奪戦、独ソ戦、冷戦、アメリカの台頭、湾岸戦争、テロ、アルカイダなどの、どろどろした現実……美しい言葉で偽装されがちな外交(都合の悪いことは歴史からも削除されがち)、国際社会の本音が実はどこにあるのか……弱肉強食は動物だけでなく、人間の本性でもあることを戦慄とともに思い知らされました。行使するかどうかはともかく、対等に戦える戦力を保持していることは、世界と対等に交渉するための最低条件なのかもしれません。
この本は、シルクロードの東西で見方がまったく違うことや、現在の複雑な中東情勢の歴史的な経緯を詳しく知ることが出来たという意味で、とても勉強になりました。中東の、「昨日の友は今日の敵という感じの混沌とした複雑な敵味方関係」は、こんな風に出来上がってきたんですね……。
私にとって「歴史」は、枯れた「過去の事実の羅列(テストの空欄を埋めるために覚える知識)」という感じでしたが(汗)、この本を読むことで、歴史は「現在の情勢に至るまでの経緯」であり、他国がどのような地理的・物理的・精神的基盤をもっているのかを分析するために必要不可欠な「生きた情報」であることを痛感させられました。
さて、本書の「おわりに」では、中国が再び言及されます。
「2013年秋にアジア中央部を歴訪した習近平は、アナスタシアで次のように述べた。2000年以上のあいだ、東西を結ぶこの地域に暮らす人々は「人種や宗教、文化的背景の相違」があっても、共存し、協力し、繁栄してきた。「中国にとって、中央アジア諸国と友好的な協力関係を発展させることが外交上の優先事項である」。経済関係の緊密化、コミュニケーションの促進、貿易振興、通貨の流通の促進を図るときがきた。「シルクロード経済ベルト」、つまり新たなシルクロードを築くときがきた、と彼は主張したのである。」
そして、この本の終わりは、次のような文章で結ばれていました。
「2013年に習近平が提唱した一帯一路構想には、莫大な資金がつぎ込まれている。中国は来るべき未来に備えて着々と準備している。その未来のいたるところに精神的衝撃、困難、挑戦や障害が待ち受けているだろう。だがその多くは産みの苦しみなのだ。いま、新たな世界が姿を現そうとしている。次の脅威はどこで生じるのか、宗教的過激派にはどう対処すべきか、国際法を軽視する国家といかに対話すべきか。そして、まったく未知の人々や文化、地域との関係をいかにして築くのか。私たちがそういったことを思案しているあいだにも、アジアの背骨ではネットワークやつながりが静かに紡がれている。あるいは取り戻されているというべきかもしれない。シルクロードはいま、息を吹き返そうとしている。」
……今後のシルクロードの平和的発展を強く願っています。
複雑な世界(とくに中東)情勢の歴史がよく分かる本で、とても勉強になりました。現在につながる生きた歴史を学べて、とても有意義だったと思います。歴史や政治情勢に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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