『東京藝大で教わる西洋美術の見かた (基礎から身につく「大人の教養」)』2021/1/27
佐藤 直樹 (著)
東京藝術大学で実際に行われている講義に基づいて作られた西洋美術の入門書です。
全15回で構成されていて、1回が1講義になっているんだと思います。実際に講義を行っているような感じの分かりやすい「話ことば」風の文章に合わせて、作品のカラー写真がたくさん掲載されています。だから、本当に東京藝術大学の教室で「西洋美術の見かた」の講義を受けているような感じです。
作品には、クローズアップや補助線の導入など、読者の理解を助けるビジュアルも多用してあります。
美術には詳しいような気持ちでいたのですが……知らなかった作品もあった上に、気づかなかった視点から作品を見ることも出来て、とても有意義な時間を過ごせました。
例えば「序章 古典古代と中世の近代美術」では、「ルネサンスの芸術家たちが実際に参照した古代美術」は、『ベルヴェデールのアポロ』に尽きると書いてありましたが……この作品、初めて見たような……(汗)。物凄く美しい理想的な男性の彫像でびっくりしました。あのミロのビーナスより顔もスタイルも美しく見える上に、躍動感が感じられるポーズをしているのです。これは確かに……「あらゆる芸術家の理想であり憧れ」になる作品ですね。これを知らなかったなんて……(もっとも、佐藤さんの撮影の仕方がすごく上手なようで、ネットで画像を見たら、この写真ほどの「超絶」感はありませんでしたが)。
また圧巻だったのが、「第4回 初期ネーデルランド絵画」。ファン・エイク兄弟の『ヘント祭壇画』は開いた方の絵画も素晴らしいですが、閉じた方の絵画もまた素晴らしい! 一番下の段の彫刻のような素晴らしい立体表現にすぐに目を奪われましたが、解説を読むことで、中央の「受胎告知」の下部にさりげなく入れられた「額縁の影」の描写の見事さにも気づかされました。
「この表現によって、もはやこの額縁は絵画を保護するための単なる木枠ではなくなります。画面空間と現実世界を分かつ物質的な境界線でありながら、同時に室内の柱の役割も果たしているために画面内に影を落としているのです。」
……さりげなく描かれた影が、騙し絵のように、絵画の世界に現実感を醸し出しています。うーん、さすがだ……。
そしてこれを描いたヤンのこの他の代表作『アルノルフィーニ夫妻の肖像』は、厳粛で緻密な描写に満ちていますが、なかでもその凸面鏡の描写力に驚かない人はいないでしょう。これに影響された画家は多かったようです。ドイツ・ルネサンスの画家デューラーも、彼の代表作『毛皮の自画像』の瞳に、反射する窓を丹念に描きこんだということで、絵のその部分のクローズアップ写真を見ることが出来ました。……本当だ。凄い!
このデューラーに関しては、「第6回 デューラー」で詳しく知ることが出来ます。彼は自分の絵画技術に自信を持っていたそうで、自分が描いた祭壇画の注文主に、自分の作品が正しい扱いさえ受ければ「500年間美しく瑞々しく保つことを保証する」と書き送っているそうです! 1500年に描かれた彼の絵は、実際に現在も当時の姿のまま残されているそうで……彼は描画技術に優れていただけでなく、画材にも詳しかったのでしょう。
この他にも「カラヴァッジョ『聖マタイのお召し』で、マタイはどの人物か?」とか、「ブリューゲル『十字架を担うキリスト』に描かれた大地はキリストの肌?」とか、興味深い話が満載!
十九世紀になってカメラなど光学機器が登場すると、画家たちもそれを活用したようで、ラインハルトという画家がカメラ・ルチダを使用したのではないかという話が書いてありました。
「ラインハルトがどのような機器を使用したのかはわかりません。カメラ・オブスクラの視角が三五度であるのに対して、カメラ・ルチダは八〇度近くの視角を提供してくれます。(後略)」
さすが東京藝術大学。いろんな視点からの鑑賞に気づかされました。
またラファエル前派のミレイの『オフィーリア』も「ダゲレオタイプ」などの写真術が関係しているそうです。ちなみに「ラファエル前派」というのは、彼らがラファエッロに批判的だったことから名づけられたのだとか(イタリア美術頽廃の第一歩だと批判)。……知らなかった……ラファエル前派の作品には古典的なイメージを抱いていたので、むしろラファエッロが好きだったのかと勘違いしていました……「前派」ってそういう意味だったんですね……(汗)。
この他にも、不思議な孤独感閉塞感に満ちている、ハマスホイの誰もいない部屋の絵画など、興味深い作品を詳しい解説つきで見ることが出来て、とても勉強になりました。『陽光習作』などは、「ドアにノブがない」ことに気づく前には、明るい穏やかな絵にしか見えなかったのに、気づいた後には、孤独な閉塞感に一気に入れ替わってしまうという……凄い絵です……。
巻末には、「さらに学びたい人のための主要参考文献」もついています。
美術が好きな方は、ぜひ読んで(眺めて)みてください。何か新しい発見があるかもしれません。お勧めです☆
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