『地中海の水中文化遺産 (世界の考古学)』2020/12/9
中西 裕見子 (著), 片桐 千亜紀 (著)
ギリシャ・イタリア・マルタの主な水中文化遺産を、写真とともにわかりやすく解説してくれる本で、水中遺跡の保存・活用の現況も紹介してくれます。
中西さんたちは沖縄海域をフィールドとして水中文化遺産の調査研究をしていて、水中文化遺産を保護するための仕組みづくりを検討するために、水中文化遺産の活用事例として世界的に有名なバイア水中公園などの調査を始めたそうです。
中西さんたちは「保存のためのアクセスや情報はできるだけ制限しない、かと言って保護を無視した流行の活用一辺倒に流されて文化遺産を疲弊させない。それらを前提とした上で、保護と活用が共存し、その状態が持続可能な方法を模索する」ことを、海の底に沈んだ遺跡で行いたいと考えているのです。
「最終目標は、水中文化資産を、現地で、地元の人たちが地域の歴史と文化の象徴として誇りにし、それを貴重な資源として活用し、それがそのまま保存にも貢献することになる仕組みを構築する」ことだそうですが、この「夢のような話」は、実現できるのかもしれません。この本で紹介されているギリシャ・イタリア・マルタの水中文化遺産では、それにかなり近いことが実現できているからです。
これらの水中文化遺産は、陸上の施設(博物館など)での展示とともに、水中文化遺産にも「潜って見学」することが出来るようになっています(写真もあります)。そこで利用されている制度や仕組みに関して、以下のようなことが紹介されていました。
・水中文化遺産の保存と活用において、ダイビングサービスと考古学者の協力関係があることが多い。
・水中文化遺産担当部局と地元ダイビングサービスが契約を結び、見学者の案内を許可する仕組みをとるケースあり。
・国直営事務所が提供する有償トレーニングコースを修了したガイドを擁して、その他の条件も満たすダイビングサービスを登録し、見学者の案内を許可するケースもある。
・費用については、トレーニングコース受講や見学案内ごとに費用が発生するものもあれば、費用は発生しないが調査の際に必要な水中作業などを無償で提供するものもある。
・コンピュータ機器を活用した仕組みがある遺跡もある。
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水中文化遺産の保護にはダイバーが必要なので、国がすべて行うよりも、民間のダイバーと協力して「観光と保護」を両立させる仕組みのほうが、より現実的なように感じました。広域にわたることもある水中文化遺産を、資格のある民間のダイバーが観光客に案内するようにした方が、観光客の安全も文化遺産の保全も行いやすいように思いますし、何かあった時にも、いち早く発見・連絡できるのではないでしょうか。
また水中文化遺産には藻や汚れがつきやすいですが、バイア水中公園内の遺跡では、案内のガイド(ダイバー)に案内看板の汚れを清掃させたり、大理石の床に普段は保護のための覆いを被せておいて、見学する際だけ覆いをとって見せ、見学終了時にはまた被せるというルールを作ったりして工夫しています。このような「観光と保護」の両立の具体的な仕組みも参考になりそうです。
この本で紹介されている水中文化遺産には、錨やアンフォラ、大理石の柱などの他、地盤沈下で海底に沈んでしまった古代ローマ遺跡(バイア海底遺跡)、沈没船、沈没戦闘機などがありました。沈没船、沈没戦闘機は近代のものでしたが……(古代の沈没船は木製なので、すでに朽ち果ててして錨などが残っているだけのようです)。
現地の古代史(地中海史)の概要紹介とともに、その水中文化遺産を解説してくれる本でした。このような「水中文化遺産」はめったに見られないので、貴重な資料だと思います。写真が白黒なのがちょっと残念でしたが、水中文化遺産を擁する現地の状況を知ることができました。地中海の水中文化遺産見学ツアーに行ってみたい方はもちろん、水中文化遺産に興味のある方や、ダイビングサービスを行っている方も、ぜひ読んでみてください。
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