『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』2019/3/28
二宮 敦人 (著)

 美術や音楽の天才たちの日常に迫る抱腹絶倒の芸大探訪記です。
 書斎でどっかんどっかんノミに木槌を振り下ろして木彫りの陸亀を掘り、夜中に自分の身体に和紙を貼りつけて人体の型を取る芸大生の妻……工作好きの私としては、羨ましいとしか言いようのない自由な生活っぷりですが、彼女の日常を見つめる夫の二宮さんの驚きっぷりも面白くて、芸術に生きる芸大生の不思議で素敵な生活を楽しく垣間見ることができる素晴らしいユーモア・ノンフィクションです。
 彫刻を専攻している奥さんに案内されて芸大探訪をする夫の目線で、芸大の学生たちの日常(学生生活、芸術大学への受験のきっかけ、受験勉強や日常の練習、卒業後の進路など)がインタビューなどを通して明らかにされていくのですが、普通の大学生とはまったく違う生態に驚かされるとともに、うーん、芸術的な天才たちって、そういうもんなんだろうなーと、なんだか納得してしまうことも(笑)。
 ちなみに、美術と音楽を擁している芸大ですが、この二つのジャンルに通う芸大生はまったく違っているのだとか。一言で言うと、美術の方は「とにかく自由(いいかげん?)」なのに対して、音楽の方は「練習漬けできっちり」している感じ。
 もっとも幼少期から楽器の練習を始めるのが当然の音楽だけでなく、美術の方も芸大に合格するためには数年の画塾通いをするのが普通なので、入学前は練習漬けで「きっちり」していた時期があるのだと想像されますが……それでも、こんなに違うんだと驚かされました。
 でも、よく考えると当たり前のことなのかも。芸大の美術科というと、すごく素敵な感じですが、油絵を描けば絵具で汚れるし、まして彫刻などは力仕事の連続の上に木屑金屑石屑……建設現場以上に散らかったアトリエで創造作業をするのですから。最終的な完成品は綺麗で静かなものですが、どんなに美しい作品でも、製作過程は汚れ仕事の連続……どうせ汚れるので身なりに構っていられないのでしょう。
 対する音楽科の方は、まさに「舞台の上で演じる自分」が商品そのもの。演奏技術を磨くだけでなく、自分自身の見栄えにも気を配るのは当然のことなのだと思います。
……それにしても楽器はもちろんのこと、美術の道具(絵の具などの消耗品も)が高価なだけでなく、芸大に入るほどの方は子供の頃から一流の教師に学んでいる人が多いようなので、ここまでの投資額も莫大になりそう。
 この本は、破天荒な天才たちの不思議で面白い日常(とはいっても国立大生のせいか、破滅的な生き方をしている人は少ないので安心感もありますが(笑))をリアルに感じることが出来る楽しいノンフィクションでしたが、驚いてしまったのは、「卒業生の行方不明率」がすごく高いということ! もっとも卒業生の進路未定率が高いのは、「進学」を選ぶ人が多いからという理由もあるようですが、芸大卒業後は、「進学」と「不明」が八割を占めるそうです。
「何人かに一人、天才が出ればいい。他の人はその天才の礎。ここはそういう大学なんです。」
 入学時に学長から言われた言葉だそうですが……日本一の芸術大学・あの憧れの芸大の実態の厳しさに……うーん、と考えこまされてしまいました。
 だって入学前に、毎日何時間も練習して莫大な経費もかけて自ら育ってきた天才たちが、厳しく選抜されて入った大学ですよ。「芸大を出ている」だけで、一般人が「そりゃ凄い!」と無条件で尊敬してしまうような大学って、日本にどれだけあるのでしょうか。……天才たちの無駄遣いをしてしまっているような気がして、なんだか少し悲しくなってしまいました(涙)。
 それでも、AI(人工知能)が社会を担っていくかもしれない今後の時代、人間が活躍できる最も有望な分野の一つが「芸術」なのですから、彼らが今後の日本の芸術を牽引していく存在に強く育っていって欲しいと心の底から願っています。
 芸術の天才と呼ばれる若者たちの、非日常的熱情に触れることができる面白いノンフィクションでした。ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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