『紙の歴史―文明の礎の二千年 (「知の再発見」双書) 』2006/9
ピエール‐マルク=ドゥ ビアシ (著), 丸尾 敏雄 (監修), Pierre‐Marc de Biasi (原著)
中国における紙の発明以来、人類の知的営為の中心にありつづけた紙の文化・歴史を、カラー写真とともに分かりやすく紹介してくれる本です。
紙の長い歴史を教えてくれる本ですが、実は冒頭の「日本語版監修者序文」に、その概要がコンパクトにまとめられています。だから、この部分を読むだけでも、紙の歴史の概要と製造原理が分かってしまいます。時間のない方は、ここだけでも読みましょう(笑)。
さて「紙は中国で発明された。」ことは有名ですが、紙の発明者が蔡倫(さいりん)だと考えている人が多いのではないでしょうか。確かに『後漢書』に紀元105年に後漢の蔡倫が「蔡侯紙」を帝に奏上して賞賛されたと記録されていますが、それより古い時代の「紀元前150年頃の地図が描かれた世界最古の紙・放馬灘紙(ほうばたんし)が中国の墓から発見され、この他にも前漢時代の紙がいくつか発見されている。」ので、現在では蔡倫は紙の発明者ではなく、改良者として位置付けされているそうです。古代の中国では、衣服を作る時に、樹皮からフェルト状のシートを作っていたようで、この工程を改良して最初の紙が作られるに至ったそうです。
また紙の重要な使い道の一つ「紙幣」も、中国の発明なのだとか。中国では「紙幣は11世紀に使用が始まり、12世紀から14世紀にかけて普及した。」のですが、それより前の8世紀には「死者に捧げられた紙銭(死者の金)」がすでに存在していて、それを模して「紙幣」が作られるようになったそうです。さすが長い歴史を誇る中国文明、凄いですね。
ヨーロッパにはイスラム経由で伝わったようですが、中国からイスラムに伝わることになったのは、「751年のタラス川の戦いである。唐とアッバース朝のイスラム軍が戦って唐軍が大敗し、捕虜の中にいた紙すき工を通じて西方に製紙法が伝播した。」という経緯だそうです(もっとも紙はそれ以前にも、シルクロード経由で商品として流通していたようですが)。そしてイスラムでは行政の伝達媒体としても利用されるようになりました。
「(ハルン・アル=ラシード)は偽造文書を駆逐するため、あらゆる行政機関で紙を使用するよう命じた。羊皮紙は容易に削り取ることができるため、器用な書き手ならば署名を書き換えることもできる。紙は羊皮紙とは異なり、インクで書かれた文字を消せば必ず跡が残ってしまうため偽造できないのだ。」……なるほど、紙の意外な利点(?)に着目したんですね。
またヨーロッパにはすでに羊皮紙やパピルスがあり、イスラムの紙は、最初はあまり信用されなかったとか。それでも紙の輸入は増え続けたそうです。
「イタリアのファブリアーノで、1270年頃から紙が製造されるようになり、透かし入れや膠を紙表面に薄く塗布してにじみを防止するサイジングと呼ばれる加工技術や水車を利用して叩解するスタンパーなど革新的な技術を開発し、紙製造の中心地となった。その後、紙の中心地は15世紀にイタリアからフランスに移り、17世紀にはオランダに移った。紙はアメリカには1690年に伝わっている。」
この本は、こんなふうに紙の歴史を分かりやすく紹介してくれます。また、「蔡侯紙の原料は麻のボロや植物の麻、カジ(楮)の樹皮であり、これらを蒸煮して繊維を取り出して木の棒などで叩き(叩解という)、水の中に分散させて、簀でろ過してシート状に広げて乾かして製造する。この製造原理は現在でもまったく変わっていない。」のように、紙の製造方法や材料の歴史的推移も教えてくれるので、紙についての総合的な知識を得ることも出来ます。
しかも紙に関する絵や本、製造機械などのカラー写真やイラストも多数掲載されているので、勉強になるだけでなく、楽しく学ぶことが出来ます。ぜひ読んでみてください。お勧めです☆