『奇跡の薬16の物語 ペニシリンからリアップ、バイアグラ、新型コロナワクチンまで』2024/2/22
キース・ベロニーズ (著), 渡辺 正 (翻訳)

 ペニシリンから新型コロナワクチンまで、いくつもの運命の分かれ道を経て人類の生活を変えた16種類の薬にまつわる物語を紹介してくれる本で、内容は次の通りです。
序章 創薬のいま
1章 ペニシリン
2章 キニーネ
3章 アスピリン
4章 リチウム
5章 イプロニアジド
6章 ジゴキシン
7章 クロルジアゼポキシド
8章 亜酸化窒素
9章 窒素マスタード
10章 ワルファリン
11章 ボツリヌス毒素
12章 コールタール
13章 ミノキシジル
14章 フィナステリド
15章 バイアグラ
16章 新型コロナワクチン
終章 薬の世界ふしぎ探検
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 16種類の薬が作られた経緯のドキュメンタリーを知ることが出来るだけでなく、序章では創薬の現状を、終章では創薬に関わるさまざまな「ふしぎ」を学ぶこともできました。
 ペニシリンやキニーネなどの有名な薬も、世界大戦の時代には機密扱いになったり、密かに争奪戦が起きたりしていたようです……。
 最初に驚いたのは、「4章 リチウム」。リチウムというと電池などの電化製品の材料のような気がしていましたが……なんとリチウムイオンは、尿の毒性を抑え、鎮静作用もあるそうです。その科学的仕組みは詳しくは分かっていないようですが、リチウムの投与で双極性障害など心の病気に悩む人の自殺率を大きく下げることができたのだとか。
 そしてもっと驚いたのが「9章 窒素マスタード」。マスタードガスというと毒ガスしか思い浮かばなかったのですが……窒素マスタードは「史上初の抗がん剤」だそうです。でもその実体は……マスタードガスの硫黄原子Sを窒素原子Nに変えたものだとか……うーん、なんか怖い……。
 この章では化学兵器についても紹介されていて、本物の化学兵器第一号は塩素ガス(1915年、ドイツ軍がフランス・アルジェリア合同部隊に使用。数分以内に約1000人死亡、4000人負傷)とか、マスタードガスは、呼吸器ではなく皮膚を狙う「びらん剤」とか、恐ろしい歴史を知ることが出来ました。
 なんと、このマスタードガスで死亡した兵士の解剖所見から、白血球の増殖抑制効果が判明し、窒素マスタードという抗がん剤へつながっていたようです。次のように書いてありました。
「第一次世界大戦の戦場を汚しまくったマスタードガス(硫黄ガス)の同類が、がん細胞を殺すなど、想定外のことでした。ともかく事実それが起こり、窒素マスタード(クロルメチン)は、がん患者を救うことになったのですね。」
 また「11章 ボツリヌス毒素」では、美容(しわ取り)にも使われるボツリヌス毒素の恐ろしさを知りました。
「ボツリヌス毒素は史上最強の毒といってよく、体重が50キロの人なら致死量はわずか0.05マイクログラム。(中略)致死量が体に入ると、弛緩性麻痺(筋肉の弛緩が起こす全身の麻痺)を経て呼吸停止に至ります。
 ボツリヌス毒素は「血清型」でA~Gの7種に分類され、中毒の原因は主にC・D・Eの3種です。医療や美容に使うAとBは、まず中毒の原因になりません。」
 ……えーと、医療や美容に使うボツリヌス毒素は安全なんですね?(ビクビクしながら)。
 このボツリヌス毒素の用途はかなりあって、ジストニア(筋失調症)の治療、斜視とチック症、アレルギー性鼻炎などにも使われているようです。また重い中毒には解毒剤もあるようです。
 うーん……薬と毒は表裏一体……ということを痛感させられます。
 この他にも、疥癬やフケなどにコールタールが使われているとか、他の薬として研究しているうちに有用な副作用が見つかったミノキシジルやフィナステリド(どちらも育毛)などの薬の他、最新の新型コロナワクチンについても紹介されていて、興味津々でした。
 また製薬会社は自社の研究員に、他社の既存の薬の構造を少しいじって、「他社の特許を侵害しない薬」を作れと指示することもあるなど、創薬の実態の一部も垣間見ることができました。
『奇跡の薬16の物語』……ペニシリンなどの著名な薬の開発経緯などを、物語を読むような感じに、わりと気楽に学ぶことが出来る本で勉強になりました。薬学や医学に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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