『新さかなの経済学』2024/5/21
山下 東子 (著)

 日本の漁業の生産量・生産額はこの30年減り続け、魚の消費量もこの20年右肩下がり……そんな漁業の未来への活路について考察している本で、主な内容は次の通りです。
序章 漁獲量はなぜ減ったのか:マイワシバブル
第1章 規制改革:サバのIQ
第2章 漁業権:桃浦牡蠣の陣
第3章 所得向上に大義はあるか:漁業者という資源
第4章 外国人労働者:敵か味方か
第5章 魚市場の謎:車海老の製品差別化
第6章 生物多様性:ご当地サーモンがやってきた
第7章 資源ナショナリズム:マグロは誰のものか
第8章 SDGs:太平洋島嶼国はカツオ街道
第9章 絶滅危惧種:うなぎの親子市場
第10章 肉と魚:消費者の魚離れ
第11章 魚あら:ゴミを宝に
第12章 技術革新:スマート漁業への期待
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「あとがき」によると、本書は『経済セミナー』2018年6・7月号から2019年12・1月号まで「新・魚の経済学――目指せ漁業の成長産業化」と題して連載した10回の連載をベースとしていて、「まえがき」によると、山下さんは2009年に『魚の経済学』を出していますが、本書の内容はこの前著と重複していないそうです。
 ちなみに、「第1章 規制改革:サバのIQ」のIQは「個別割当や輸入割当」の略称で、特定の魚を獲る権利なのだとか。
 さて「第10章 肉と魚:消費者の魚離れ」によると、1人あたり魚介類消費量はどんどん減少していますが、これは価格の高さというよりは、調理のしにくさ(時短や家事の簡略化傾向)が魚離れをもたらしているようです。
「水産物がオメガ脂肪酸など肉類にはない優れた栄養特性と機能性を持ち、美容と健康に効果があることは、多くの人が知っている。」とも書いてありましたが……私自身の実感としても、まさにその通りとしか言いようがありません。これに関しては「調理済み食材」として販売するなどの工夫が考えられます。実際に「刺身」などは売れているようですし……。
 そして本書で一番興味津々だったのは、「第6章 生物多様性:ご当地サーモンがやってきた」。日本で消費量が最も多い魚はサケで、ノルウェーやチリで大量養殖されていますが、日本ではまだ天然サケが多いようです。
でも日本でも養殖ブームが進んでいて、なんと香川県ではハマチを引き上げた後の遊休中の養殖いけすを活用した、サケの二毛作(讃岐さーもん)の例まであるそうです。
 養殖サケが始まったきっかけは、2011年の東日本大震災。宮城県の海面養殖場が使えなくなり、緊急避難的に新潟県佐渡島の海面で養殖してみたら、ちゃんと出荷サイズに育ったそうで、翌年からは鳥取県境港でもサケ養殖が始められることに……。そして2022年4月現在、北海道から鹿児島まで全国78ブランドの御当地サーモンがあるそうです。
 ……これは良いですね! 個人的には「養殖魚」にとても期待しています。実は日本は世界に比べて養殖が少ないようです。
「(前略)すでに世界では漁業生産量の46%を養殖生産が占めているが、日本では23%にとどまっている。」と書いてありました。でも養殖は計画的に生産できるので漁業者の生活にも良いし、安定した収入が得やすそうだし、餌や環境を管理しやすいので、もしかしたら安全性や健康への効果も高められるかもしれません。それにICT化もしやすいし……いろんな意味で、将来性があるのではないでしょうか。
 魚にはあまり詳しくなかったので、本書で初めて知った情報が多くて、いろんな内容に興味津々でした。
「第1章 規制改革:サバのIQ」では、改正漁業法について紹介されていました。
 持続可能な漁業を担保できる漁獲量の上限として、毎年国の研究機関が推計した資源量から割り出されたTAQ(漁獲可能量)が設定されているそうで、マイワシ、サバ類、スケトウダラ、マアジ、スルメイカ、サンマ、クロマグロ、ズワイガニ(全8種類)が設定済だそうです。そのためにIQ(個別割当)が設定されているようですが……すると「海を泳ぐ魚はIQ保有者が権利を保有することになる」わけで……海を泳いでいる魚は、みんなのものではなかったんですね……なんか複雑な気分に……。
 また同じような意味で考えさせられたのが、「第8章 SDGs:太平洋島嶼国はカツオ街道」。近くの海がたまたまカツオの通り道になっている国は、それを獲りたい漁業国から入漁料を得ることが出来るそうで、カツオの通り道となっている太平洋島国では、カツオ資源から得る収入に依存した経済構造が成り立っているそうです。……天然資源で大金を得ているのは、石油国や鉱山国だけじゃなかったんですね……これらの国は、今後の気候変動でカツオが通り道を変えないうちに、入漁料以外の道も開発していく必要がある気がします……。
 そしてもう一つ興味津々だったのが、「第12章 技術革新:スマート漁業への期待」。漁業分野にもICT技術が浸透しつつあり、従来型の漁獲や加工単体の技術から、情報ネットワーク活用型へと採用技術のシフトが進んでいるそうです。漁船や市場、養殖部門のICTの他、次のような活用法もあるようでした。
「研究面では、たとえば漁船が漁労活動を通じて収集した各種データは、海洋、気象分析に取り込まれることによって、全休的な水圏システムの解明を促すことが期待されている。」
 ……なるほど。これは使えそうなデータですね!
 この他にも、終戦直後には漁業版の農地解放が行われたとか、「食用市場で過剰供給となった魚が魚粉市場へ流入し、魚粉価格の上昇に伴い食品加工残渣である魚あらの高度利用が進んでいる」とか、いろんな情報満載で、まさに『新さかなの経済学』、魚の経済学について総合的に知ることができる本でした。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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