『世界目録をつくろうとした男――奇才ポール・オトレと情報化時代の誕生』2024/6/5
アレックス・ライト (原著), 鈴木和博 (翻訳), 根本彰 (解説)

 知識ネットワークによる世界平和の実現に挑み、情報学の土台を築いた型破りな奇才・ポール・オトレ(1868-1944)の生涯を描いた本で、主な内容は次の通りです。
はじめに
第1章 バベルの図書館
第2章 迷宮の夢
第3章 ベル・エポック
第4章 マイクロフィルムの本
第5章 インデックス博物館
第6章 空中の楼閣
第7章 失われた希望と新たな希望
第8章 ムンダネウム
第9章 集合頭脳
第10章 輝く図書館
第11章 銀河間ネットワーク
第12章 流れに乗る
おわりに
謝辞
解説(根本彰)

参考文献
索引
   *
「解説」によると……
「本書では、ベルギーの社会活動家オトレを評伝的に描くことを縦軸にし、そのときどきに関わった人々を横軸にエピソード的に配置して、彼の生涯と思想を紹介している。」
 ……20世紀初頭、オトレと同志アンリ・ラ・フォンテーヌは、人類のあらゆる知識を収集して分類し、だれもが利用できるようにするという壮大な夢の実現を目指していました。
 彼らは、世界中の出版物の情報を、索引カードを用いて収集する巨大目録「世界書誌」の編纂に着手し、「国際十進分類法」を考案。さらに、言葉や図、写真、映像などあらゆる「ドキュメント」を収集・保管・編纂するための国際センター「世界宮殿」も具現化。そして第一次大戦の後には、国際政府の拠点とすべく、国際図書館、大学、博物館、会議場、展示場をそなえた「世界都市(ムンダネウム)」を計画し、建築家ル・コルビュジエと協働を始めます。
「第3章 ベル・エポック」には、オトレの構想が次のように書いてありました。
・「オトレは、いつの日か世界書誌を全世界に配布し、世界中のあらゆる主要図書館で、文献を探す中核的な仕組みとして活用してもらえるようにしたいと考えていた。」
・「(前略)従来の図書館目録システムは、おもに読者を特定の本に導くことを目的として作られたが、オトレがめざしたのは、それよりも包括的で「普遍的」な仕組みであり、文学、写真、図、録音といった複数の形態や、本、章、段落、文、さらにはそれ以上要約できない「事実」までのさまざまな意味レベルの知識に対応できるものだ。」
   *
 ……オトレとラ・フォンテーヌは、そのために、新たな分類法「国際十進分類法(UDC)」を作成するなど、さまざまな行動を起こしましたが、その理想とする「ムンダネウム」はあまりにも高度なもので、残念ながら実現には至らなかったようです。なにしろ世界中の知的財産を、単に「分類・保管する」だけではなかったのですから。
「世界書誌」作成者の作業は、「本などの出版物の記事や章ごとに、修飾や繰り返し、つけ足しなどを取り除き、新たな知識や追加の知識をひとつずつカードにして、蓄積する」というもので、さらに要約やUDC分類もしなければなりません(UCD分類は、等号、プラス、コロン、引用符、カッコなどの記号を使って、主題同士の関係をも表せるという画期的な仕組みの分類法なのですが……それだけに分類の労力も大変なものになります)。
 このような「世界書誌」があると、知的作業がとても効率化することは間違いありませんが……そのための仕事もまた膨大なものでした。
「世界書誌」はこんなにも理想主義的な図書館目録でしたが、実はオトレたちの理想主義の壮大さは、そんな規模ではありませんでした。彼らは同時代人のM. デューイ、P. ゲデス、O. ノイラート、 H. G. ウェルズといった知のイノベーターたちとも交流し、一台の機械的集合頭脳「ムンダネウム」を夢想したのです。「はじめに」によると……
「(前略)ムンダネウムはネットワークで接続された図書館にとどまるものではなかった。オトレが想像していたのは、ユートピア的な「世界都市」を作るという、さらに壮大な計画の中枢となるべきものだった。この都市は、新しい世界政府の中心であり、国際議会、司法機関、大学など、数々の関連団体で構成された国境を超えた組織体だ。熱心な「国際主義者」であるオトレは、人類は必ず平和な新しい未来に向かうはずだと信じていた。そこでは、情報が分散型のネットワークを通して自在に流れ、国家政府のような従来型の機関は時代遅れと見なされる。オトレが願ったのは、社会の発展、科学による偉業、そして集団での精神的啓蒙がもたらされる新時代だ。その中心で、全世界の防塁となり、真実の灯火となるのがムンダネウムだ。」
   *
 この「世界都市」と「世界書誌」は、次のように密接に絡み合っているものでした。
「(前略)オトレは世界政府計画と世界情報共有ネットワーク構想が密接に連携するものとみていた。片方が進展すれば、もう片方も進展する。」
   *
 ところで、この「ムンダネウム」は、あらゆる人が人間の知識とつながることができる仕組み(世界的情報ネットワーク)なので、現在のインターネットやウィキペディアで、すでに実現できているような気がしてしまいましたが、実はこれらには「決定的な違い」があるそうです。それは、インターネットなどが「分散的」で「ボトムアップ的」なのに対して、オトレたちの構想は「一元管理的」で「トップダウン的」だということ!
 例えば、現在のウェブには、センターサーバーや管理団体が存在しませんが……
「(前略)一方のムンダネウムには、地方機関、国家機関、国際機関の作業を取りしきる中央管理組織が必須とされる。また、一貫した書式や分類法が強制され、訓練を受けた少数の「図書師」の一団があらゆる情報源から情報を集めてまとめる。」
 …というものでした。
 しかもオトレたちの理想と違って、ウェブは……
「(前略)ウェブは人間の表現力を高め、ビジネスや組織の仕組みを抜本的に変革する。その一方で、知的財産権制御、アーカイブ機能、身元管理の仕組みがないために、コンテンツ作成者と呼ばれる人々の多くは、たいへんな苦労を強いられている。ウェブには概念体形を一貫して表現する手段がなく、無秩序が半永久的に続く状態だ。そのため、ほとんどのユーザーはグーグルなどの検索エンジンに頼らざるをえない。そしてほとんどの検索エンジンは、分類システムではなく、キーワード解析によってウェブサイトのコンテンツを評価する。これは一見したところ「自然な」戦略だが、いわゆる検索エンジン最適化(SEO)の専門家が、結果を出したい顧客から金を吸い上げる温床になっているのが実情だ。」
 ……まさしく、その通りですね!
 でもこの無秩序さは、実は悪いことばかりではないのだとか。なぜなら「一元管理」は、「権力の集中や濫用を招く」危険性があるから……これも、その通りとしか言いようがなくて……どちらが良いとは言えませんね……。
 それでも「巧みな嘘を作る」能力が高い生成AIが普及し始めている現在、オトレたちの理想とした「信頼できる世界書誌」は、ファクトチェックのためにも切実に求められているのではないかとも思ってしまいます。
 本書には、次のような提案もありました。それは、インターネットにオトレの思想を一部取り込むこと……。
「(前略)ウェブに勝利をもたらした大きな要因は、その本質的な無秩序さにある。しかし、そこに多少の統制機能を追加すれば、さまざまな魅力的な可能性が開かれるはずだ。具体的に言うなら、知的財産権の保護や、より洗練されたタイプのハイパーリンク(特定のドキュメントと別のドキュメントが「一致」するかどうかをあらわすものなど)を組み入れる機能。そして、資料をよりよい形でまとめることができるように、相互参照や照合を実現する機能などだ。」
 ……現在の無秩序さに、「多少の統制機能をプラスする」ことこそが、インターネットをより「安心して使える」ことに繋がるような気がします。
 時代を超越する型破りな理想主義者のオトレたちは、この他にも、「ミューゼオテック」という「博物館や学校で使えるように、展示資料一式をまとめて配給する展示キット」を考案したり、各地の博物館のコレクションの中にムンダネウムのセクションを設けてもらって、それを遠隔で管理する仮想的な博物館を構想したりしていて、これらもとても参考になりました。
『世界目録をつくろうとした男――奇才ポール・オトレと情報化時代の誕生』……知識ネットワークによる世界平和の実現に挑んだ、型破りな奇才の生き方を知ることができて、とても勉強になり、考えさせられる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
   *    *    *
 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
<Amazon商品リンク>