『イエローストーンのオオカミ:放たれた14頭の奇跡の物語』2023/9/4
リック・マッキンタイア (著), 大沢章子 (翻訳)

 増えすぎた草食動物により荒れ果てたイエローストーン公園の生態系。豊かな自然を元に戻すべく、一九九五年、カナダから頂点捕食者のオオカミ十四頭が放たれました。この「二〇世紀最大の実験」と呼ばれたオオカミ再導入計画の様子を、ベテラン・ウルフウォッチャーのマッキンタイアさんが詳しく記録したノンフィクションです(8ページ分のフルカラー写真もあります)。
「訳者あとがき」に、本書の概要が次のように書いてありました。
「この本に描かれているのは、カナダから移送されてきた最初の十四頭がイエローストーンに再導入された一九九五年から二〇〇〇までの、およそ五年間のオオカミたちの様子である。
 著者が特に注目したのは、最初に連れてこられた一四頭のうち、もっとも身体が小さくもっとも見劣りがする灰色のオスの子オオカミ、ナンバー8で、その彼が周囲の人々の予想を裏切り、イエローストーンでもっとも偉大なオスリーダーに成長していく様子が綴られている。また、8がのちに養父となって育てたナンバー21をはじめとして、本書にはたくさんの個性豊かなオオカミたちが登場する。
 オオカミの狩りや愛情表現、子育て、遊び、小競り合いなどの日常の様子、群れ同士の争いなどが、じつに丁寧に生き生きと描かれているので、ぜひそれを楽しんでいただきたいと思う。」
 ……まさにこの内容そのもの。放たれたオオカミの中で、一番小さくて、最初のうちは少し苛められていたナンバー8が、逆境に負けずに逞しく成長していくだけでなく、みなしごまで優しく育てるほどの性格の暖かさ、仲間思いの誠実さと勇気でリーダーになっていき、後輩たちから尊敬され、なかでも養子として彼が育てたナンバー21は、イエローストーンで最も強大かつ有名なオスオオカミにまで成長していくのです。
 さて、イエローストーン国立公園では、一九二六年にオオカミの最後の一頭がパークレンジャーに射殺されてから、草食動物エルクがどんどん増えていき、岸辺のヤナギなどの植物が食べ尽くされ、植生の変化によって川にダムを作って棲むビーバーが減少するなど、連鎖的な影響が生態系全体に広がっていました。
 こうした状況を打開するために十四頭のオオカミが再導入されたのですが、オオカミが公園外に出た場合に被害を被る周辺の農業従事者の間には不安が広がるなど、再導入には今も議論が続いているようです。牧場の羊を襲ったオオカミが射殺されることもありました。
 それでも全体としては、このオオカミ再導入計画は大成功で、オオカミを見学する観光客が増えて地元に観光収入をもたらし、植生に打撃を与えるほど増殖していたエルクは減少、さらにハイイログマ、ハクトウワシなどの絶滅危惧種が、オオカミが仕留めた獲物のおこぼれにあずかることで個体数を増加するなど、豊かな生態系が取りもどされていったのです。
 放たれた十四頭のオオカミは、群れをつくり、新しい家族を育み、家族のために草食動物と戦い(オオカミの狩りの失敗率は九五%。獲物の草食動物との戦いでケガを負い、死んでいくオオカミもいます)、ハイイログマやコヨーテと餌を奪い合い、他のグループのオオカミとも争います。マッキンタイアさんの素晴らし観察力と文章力のおかげで、そんな彼らの生活が、まるで映像を見ているように生き生きと語られていきます。
 子どもたちは遊びによって狩りや社会生活を学び、大人のオオカミは仲間のためにエルクの死に物狂いの反撃に負けずに戦います。
ここで観察されたオオカミたちの優しさにも驚かされました。犬の祖先のオオカミは、犬と同じように、ケガなど辛い状態にある仲間に優しく寄り添い、餌を分けたり一緒にいて慰めたりするのです。もっともオオカミにもいろんな個性のものがいて、周囲のオオカミに常に攻撃的なオオカミもいましたが……。
『イエローストーンのオオカミ:放たれた14頭の奇跡の物語』……野生のオオカミのリアルな生態を詳しく教えてくれる本でした。生物が好きな方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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