『教養としての建築入門-見方、作り方、活かし方 (中公新書 2764)』2023/7/20
坂牛 卓 (著)
日本と西洋の建築史を概観し、観賞・設計・社会という三つのアプローチから建築を学ぶ入門書です。
「まえがき」には、次のように書いてありました。
「(前略)(建築の)全体像を描くために、三つのアプローチを手がかりとしたい。まず「使用者・鑑賞者」の視点、次に、建築を設計する「建築家」の視点、そして、建築が存在する「社会」の視点である。」
……ということで「第一部 鑑賞論」、「第二部 設計論」、「第三部 社会論」がそれぞれ「使用者・鑑賞者」の視点、次に、建築を設計する「建築家」の視点、そして、建築が存在する「社会」になるようです。
「第一部 鑑賞論」では、鑑賞に先立って、建築の基礎の基礎という感じの解説がありました。建築には現在にも通用する次の三原理があるそうです。
「「用・強・美」という建築の三原理を編み出したのは、ローマ時代の建築家ウィトルウィウスである。彼は一〇巻にわたる『建築書』を著し、皇帝アウグストゥスに献納した。これは現存する最古の建築書であり、言うなれば建築の聖書のようなものだ。」
そして特に参考になったのが、「第二部 設計論」。建築には、用(設備と計画)、強(構造)、美(意匠)が備わっていなければならないとした上で、建築家は次の二つを前提にして、自らの理念を紡いでいることが書いてありました。
「(前略)建築の形、空間、素材など、建築を作るときに避けては通れぬ概念を「建築に内在する概念」と呼び、これらの概念で作られる建築を「自律的建築」と呼ぶ。他方、使用者、自然、社会、風土、物語など、建築に関わるものの建築それ自体とは一線を画す概念を「建築に外在する概念」と呼び、この概念で作られる建築を「他律的建築」と呼ぶ。」
そして建築家の仕事の仕方として、近江商人の三方よし(客よし、自分よし、世間よし)の思想がお手本になるそうです。
「(前略)建築家は自らのアイデアをふまえ、クライアントと社会双方のニーズを汲み取り、調停を行う人々である。(中略)
しかし二一世紀に入ると、職能の幅は多岐にわたり拡大している。理由は大きく三つある。
一つめは、建築と土木という二つの工学の境界が曖昧になり連続的になったこと。二つめは、社会が建築に求めるニーズが多様化してきたこと。三つめは、経済が停滞するにつれ建築を作る予算も減り、リノベーションを積極的に考える必要が生まれてきたことによる。」
……この「第二部 設計論」は「建築家」の視点に関するものなので、説明がとても具体的で分かりやすく、参考になる情報も多かったように感じました。
そして「第三部 社会論」では、建築は社会を映す鏡になることが書いてありました。
「建築が「活かされる」時代を迎えるのは、日本で言えば七世紀後半に律令国家が生まれた頃であろう。中央集権化が進み、建築が権力メディアとなった。やがて建築を評価する技師や専門家が現れると、政治はますます建築に目を付け、アイコンやプロパガンダの道具として使用するようになる。」
……確かに……都に大きな門や城があるのは、権力を誇示する意味も大きいですよね……どこの国でも同じような事情で、より大きな高い建物や豪奢なデザインのものが次々と建てられたようです。
この章では、次の文章がちょっと気になりました。
「東京オリンピックの新国立競技場のデザインを決めるため、二〇二一年に国際コンペが安藤忠雄を審査委員長として行われた。最優秀作品として、イラン出身の女性建築家ザハ・ハディッドの案が選ばれた。しかし工費が予算を大きく超えることが懸念され、安倍晋三元首相がコンペのやり直しを指示した。」
……こういう建築のコンペは、そもそも「予算」を提示して行われていないのでしょうか? とりわけ期限が決まっている建物の場合、コンペのやり直しは費用の無駄になるだけだし、クライアントにはもちろん、建築家にとっても不幸なことだと思います。予算は前もって提示すべきではないでしょうか。
建築(学)を概観するために参考になる本でした。……ただ実を言うと、「第一部 鑑賞論」に関しては、書き方が散漫で、あまり軸が感じられず、しかも次の記述を読んで、この本に読む価値があるのかなーと思ってしまいました。
「カントは近世になって神から解放された人間の可能性を批判的に論じた哲学者であり、有名な三批判書と呼ばれる『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』を書き、それぞれ認識、道徳、美的判断における人間の能力範囲を示した。この美をめぐって論じた『判断力批判』のなかに、建築について述べた部分がある。絵画、彫刻、建築の美的要因は「形(素描)」にあり、素描の形を形成する線の内側を埋める「色」は美に関与しないというのだ。短いながらも、美の歴史においては重い一言であった。」
このカントさんの考え方は、建築に大きな影響を与えたようで、次のようにも書いてありました。
「このカントの形優先の考え方はのちに「形式主義」と呼ばれて定着し、「自律性」とともに、二〇世紀モダニズム美学の背骨となる。」
……えー? いや、絵画、彫刻、建築の美的要因に、「色」が重大な関与をしていないはずがないでしょう。例えば、「ショッキングピンクと緑の市松模様に塗られた大聖堂」をカントさんに見せたら、どんな意見を語ってくれるのか、ぜひお聞きしたいものだと思います(笑)。
えーと……ということで、個人的には「第一部 鑑賞論」は途中でくじけそうになってしまいましたが、少なくとも「第二部 設計論」以降はとても参考になることが多かったので、くじけずに読んでよかったし、全体としては読みごたえがあったと思います。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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