『科学技術の軍事利用: 人工知能兵器、兵士の強化改造、人体実験の是非を問う (平凡社新書 1032)』2023/7/19
橳島 次郎 (著)

 コンピューター、GPS、ドローン、兵士の心身の強化改造……軍民両用ははたしてどこまで許されるべきなのか。科学技術と軍事の結びつきの歴史をたどり、今まさに起いている課題を、生命倫理の第一人者の橳島さんが考察している本で、内容は次の通りです。
第一部 戦争と科学・技術の関わり
第1章 科学・技術と戦争の結びつきの歴史
第2章 軍民両用──科学・技術の戦争と平和
第二部 軍事科学研究の進展にどう向き合うか──最先端の事例から考える
第3章 人工知能兵器はどこまで許されるか
第4章 兵士の心身の強化改造の是非
第5章 軍による人体実験の現在と課題
あとがき──私が軍事の問題を取り上げたわけ
参照した文献・ウェブサイト
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「第1章 科学・技術と戦争の結びつきの歴史」には、次のように書いてありました。
「(前略)古代アレクサンドリアの学問所による科学の振興、中世の火薬開発と錬金術の化学への脱皮、ガリレオの望遠鏡と天文観測、近世の城郭と大砲と微積分学などの発達、近代の国家エリートとしての科学者の養成、第一次大戦と脳外科と脳科学、第二次大戦から冷戦下のコンピューター科学、日清戦争と疫学、それに近年のDARPAによる生命科学研究の助成などはみな、戦争のための軍事研究が科学の発展に拍車をかけた例だといえるだろう。」
 ……図書館や数学、飛行機。潜水艦、脳外科、電子レンジ、ナイロン繊維、フリーズドライ食品、核兵器、細菌兵器、コンピューター、インターネット、GPS、シミュレーターなど……この章では、兵器だけでなく、私たちの生活を便利にしてくれる科学技術も、軍事と深く結びついていることが紹介されていました。
 そして「第2章 軍民両用──科学・技術の戦争と平和」では、日本でもよく行われている「軍民両用」の在り方について、次のように書いてありました。
・「科学研究と技術開発の成果が、民生目的と軍事目的の両方に使われることを、軍民両用(デュアルユース)という。大量破壊兵器にも発電にも使われる原子力が、その最も深刻な例だ。ノーベル賞の原資となったダイナマイトの発明も、軍民両用の一例である。」
・「モレノ(注:米国の生命倫理学者)は、危険に満ちた現代世界において、軍民両用の科学研究は市民を守るためにも必要だと認める。だが軍事関連研究においても、科学研究のプロセスはできるかぎり正常に保たなければならない。そのために、科学界と学術研究機関は、国防関連機関との関係を拒絶せずに保ち、軍民両用研究でどういうことが行われているかを社会に伝えるべきである。研究助成を受けることで、国防関連機関をアカデミックな研究の場に結びつけ、開かれた社会にとどめておくべきだというのだ。
 そこで研究者が国防関連機関と関係を持つために必要な条件や、適正な研究の要件などを定めたガイドラインをつくる議論を、科学界自身が行う必要があるとモレノは提言する。(中略)
 また、生命科学・医学系の軍民両用研究では、人間を実験対象にすることがあるので、そうした実験研究を適正に管理し、被験者(実験の対象になる人)を保護する規定をガイドラインに入れる必要があるとも指摘する。」
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 さらに「第3章 人工知能兵器はどこまで許されるか」では……
「(前略)国益と外交が絡む軍事の問題となると、国際機関での議論は行き詰ってしまうのが常だ。しかし致死性自律兵器システムの是非は、軍事・軍縮の問題としてだけ議論されるべきではない。それは自律的に行動できる機械を人間は、どこまで受け入れられるか、どのようにそうした存在と関わればよいかという、現代の科学・技術がもたらす問題の一応用例としても位置付け、議論するべきである。」
 ……そして、これを考える上で参考になるものとして、2021年4月、フランス軍事省の防衛に関する倫理委員会が出した「致死性兵器システムの自律性の統合について」という意見書が紹介されていました。
 倫理委員会による、部分的自律致死性兵器システムの使用が許される条件としては、次のようなものがあるそうです。
・命令系統の維持
・リスクのコントロール
・適法性
・知識と理解力
・信頼性
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 さらに「第4章 兵士の心身の強化改造の是非」では……
「兵士の強化改造技術とは、薬物の投与や外科手術・各種装置の埋め込みなどにより、身体的・心理的・認知的能力を強化する措置を人体に施すというものだ。(中略)具体的には、夜間視力の強化、苦痛やストレスへの耐性の強化、兵器システムやほかの兵士と直接情報や指示をやり取りできる装置を脳内に埋め込む、といったものが想定されている。」
 ……その事例としてDARPAや中国軍が行っている兵士の強化改造の研究が紹介されていました。「兵士の強化改造技術」も着々と進んでいるようです……。
 また、それを行う際の心得として、「兵士の強化改造は、まず国際人道法上、適法とみとめられることが重要である」、「兵士の強化改造は、可逆的で、市民生活への復帰を妨げないものでなければならない」などとするフランス軍事省の防衛に関する倫理委員会や、米国の民間レポートも紹介されていました。
 そして最後の「第5章 軍による人体実験の現在と課題」では、世界医師会の「ヘルシンキ宣言:人間を対象とする医学研究の倫理的原則」(1964~)や、非道な人体実験の判断基準となる「ニュルンベルク綱領」の解説がありました。
 日本の自衛隊でも人体実験は行われているようです。その例として、海上自衛隊の、飽和潜水が人間に与える影響の調査や、航空自衛隊の、高いGがかかる環境で、搭乗員の脳内血流量がどう変化するかの研究が紹介され、次のように書いてありました。
「(前略)日本の防衛省・自衛隊における人間を対象にした実験研究は、国内の民生分野の研究分野の研究一般と同等の審査と管理は受けているようだが、軍事研究としての特別な審査や管理は、少なくとも制度上は行われていないようです。
 そこで最も懸念されるのは、実験研究の対象とされる自衛隊員の人権の保護は十分に行き届いてるだろうかということである。」
 ……これらの人体実験は、兵士を守るために行われているもののようですが、確かに、実験中に問題が起こったときに、すぐに中断し専門家による治療が行われる仕組みづくりなどが必要だと思います。
 平和憲法のある日本では、進歩(陳腐化)が激しい科学技術は、兵器開発など軍事に特化した研究・開発ではなく、民生利用を中心とした研究・開発するべきだと思います。そして世界全体が平和ではない以上、いつでも有事に対応できるよう、すぐに兵器転用もできる「最先端の科学技術を民間で使う」ようにすべきだと考えてもいます。
『科学技術の軍事利用: 人工知能兵器、兵士の強化改造、人体実験の是非を問う』……「科学技術の軍事利用」を正しく行うために必要なことは何かを考える上で、とても参考になる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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