『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙 (ブルーバックス)』2023/5/18
ブライアン・グリーン (著), 青木 薫 (翻訳)
素粒子から星や銀河まで、生命誕生から意識の謎まで、さまざまな秩序と構造をもたらす物理的な原理を解説しながら、宇宙の年表に沿って時空の旅へといざなってくれる本で、主な内容は次の通りです。
第1章 永遠の魅惑 始まり、終わり、そしてその先にあるもの
第2章 時間を語る言葉 過去、未来、そして変化
第3章 宇宙の始まりとエントロピー 宇宙創造から構造形成へ
第4章 情報と生命力 構造から生命へ
第5章 粒子と意識 生命から心へ
第6章 言語と物語 心から想像力へ
第7章 脳と信念 想像力から聖なるものへ
第8章 本能と創造性 聖なるものから崇高なるものへ
第9章 生命と心の終焉 宇宙の時間スケール
第10章 時間の黄昏 量子、確率、永遠
第11章 存在の尊さ 心、物質、意味
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「はじめに」には、「いったん数学の定理を証明してしまえば、その定理は二度とゆるがない」という友人の言葉に、グリーンさんはハッとして、自分の世界が広がったことを感じたことが書いてありました。そして次のように思ったそうです。
「数学の証明に魅力があるのは、それが永遠に成り立つからなのかもしれない。自然法則が心に訴えかけるのは、それが時間を超越した特性を持つからなのかも。では、時間を超越したものの探求、永遠に保たれるかもしれない特質の探求へと、われわれを駆り立てているものはいったい何なのだろう?」
そして本書の概要は……
「要するに、時間の始まりから、終末といえそうな何かに至るまで、宇宙を詳しく見て行こうというわけだ。そして、休みなく活動する創意に満ちた頭脳が、万物の根本的なはかなさを明らかにし、そうして明らかになった事実に対し、驚くべき応答をする様子も見ていこう。
この探求の旅を導いてくれるのは、さまざまな科学分野で得られた洞察だ。」
……また、「訳者あとがき」には、次のようにありました。
「(前略)本書では、自然科学の内部の階層(素粒子の階層、原子・分子の階層、より複雑な物質構造や生物の階層)はもちろんのこと、心や意識、芸術、宗教の階層までが語られていく。」
「本書では、時間の始まりから終わりまで、さらに時間の終わりを超えたその先までを見ていくが、その旅のガイド役としてグリーンが指名するのが、「エントロピー」と「進化」というふたつの有力な概念だ。そしてその旅に濃い陰影を与えるのが、あらゆるものの有限性、はっきり言ってしまえば「死」である。」
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そして「第2章 時間を語る言葉 過去、未来、そして変化」には、重要な概念「熱力学第二法則」について、次のような分かりやすい説明がありました(本書にはもっと詳しい説明があります)。
「思い切って噛み砕いて言うと、熱力学第二法則は、廃熱が出るのは避けられないと断言している。そして、熱力学第二法則がこれほど重視されるのは、蒸気機関は発端にすぎず、この法則そのものはあらゆることに当てはまるからだ。この法則は、構造や形によらず、生物であれ無生物であれ、あらゆる物質とエネルギーに本来そなわる基本的な特徴に関するものなのだ。この法則は(ここでもまた思い切って噛み砕いて言うと)宇宙に存在するものすべては、衰え、老化し、朽ちるという、抗いがたい傾向を持つと述べているのである。」
ちなみに熱力学第一法則は、ざっくりいうと「エネルギーの量は時間が経っても変わらない(エネルギー保存則)」で、熱力学第二法則は、「秩序は無秩序になる傾向がある(成長の法則)」、「特別な配置は平凡な配置に近づく傾向がある」というものだそうです。
実は物理法則は、われわれが未来と呼ぶものと過去と呼ぶものを断じて区別しようとしないのですが、それなのに、われわれの経験が非対称で、時間の一方の向きに推移するのはなぜかという問いに、答えの重要な一部を与えてくれるのが、熱力学第二法則「エントロピー」の概念なのです。
そして熱力学第二法則によると宇宙は最終的には滅びるわけですが、生命には「秩序」が必要だとも書いてありました。
「(前略)当面、われわれが生き延びるためには、秩序が必要なのだと言っておこう。生命維持に必要なさまざまな機能を与えてくれる体内の分子レベルの組織から、高品質のエネルギーを与えてくれる食料や、われわれが生きていくためになくてはならない道具類や生息環境まで、われわれは秩序ある構造を必要としている。もしもエントロピーの低い、秩序ある構造に満ち溢れた環境がなかったら、われわれ人類がここに存在して、そんな環境に気づくこともなかっただろう。」
……ということで、生命が生き延びるためには秩序のある組織を必要とするのですが、一見「エントロピーを減少」させているような働きも、結局は全体として「エントロピーを増加」させる方向にしか働かないのです。これは「エントロピック・ツーステップ」ということのようです。
「(前略)それ(エントロピック・ツーステップ)は、系がエントロピーの増加分を補ってあまりあるエントロピーを環境に移行させることにより、その系自身のエントロピーは減少するようなあらゆるプロセスである。エントロピック・ツーステップは、ある領域でエントロピーが減少したとしても、別の領域では確実にエントロピーを増大させ、最終的には、熱力学第二法則から予想される通り、全体としてのエントロピーを増大させるのである。」
……この「エントロピーの増大」は、本書の通奏低音として、ずっと響き続けていくのでした。
例えば「第3章 宇宙の始まりとエントロピー 宇宙創造から構造形成へ」でも……
「地球上では電磁力ほど身近に感じられないが、宇宙で繰り返し演じられるいくつかの場面でエントロピーを増大に向かって駆動するのは、自然の力のうち電磁力以外のふたつ、重力と核力だ(核力には強い核力と弱い核力があり、強い核力は原子核をひとつにまとめ、弱い核力は放射線崩壊を引き起こす)。(中略)重力と核力が宇宙を高エントロピーに向かって駆り立てるうちにも、さまざまな構造がつかの間形成される。たとえば、恒星と惑星もそんな構造だし、ここ地球上では生命もそうだ。こうした秩序ある配置はみごとなものだが、実はそんな構造こそ、自然が重力と核力を使って宇宙を最大エントロピーへと追いやる、最大の駆動力なのである。」
……こんな感じで、科学的な知識など、人類が積み重ねてきたさまざまな知見をつかって、宇宙や生命、宗教や芸術、心や意識などについて考察していきます。
ちょっと驚かされたのは、「第5章 粒子と意識 生命から心へ」で、自由な意思はないということが示唆されていたこと。次のようにありました。
「(前略)あなたも私も、物理法則に完全に支配されて運動する粒子たちの集まりでしかない。」
「(前略)われわれには自由な意思で考えたり行動したりしているように強く感じられるとしても、実のところそれは、物理法則に完全に支配されて動き回る粒子たちの複雑なプロセスであることがわかるだろう。」
……ロボット掃除機にも学習能力があることで分かるように、「学習したり創造的だったりするためには、自由意思はいらないのである。」ということなのですが……この章で最終的に本当に「自由意思がない」と明言されているのかどうかは、よく分かりませんでした。最初の頃の「宇宙や生命」が明快だったのに対して、後半の「宗教」「芸術」「心や意識」になると、ちょっと曖昧な感じになってくるからです。
……それはともかく「物語」「宗教」「芸術」は少なくとも、「集団を団結させるから適応に役に立つ」ようです。次のようにも書いてありました。
「第6章 言語と物語 心から想像力へ」では……
「(前略)物語を通して、その局面でどうするか、なぜそうするかについて、陰影ある感覚を内面化する。そうして内面化された知識が、未来の振る舞いを導くのだ。」
「(前略)集団だからこそできる、変革、共同作業、権限の委譲、コラボレーションが、生き残りの可能性を高めるのだ。そして、そんな集団生活がうまくいくためには、われわれが物語を通して吸収する、人間経験への洞察が必要不可欠なのである。」
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「第7章 脳と信念 想像力から聖なるものへ」では……
「(前略)生き残るために必要な能力を獲得しつつある心の内部で、合理的分析と感情的反応の複雑な兼ね合いから出現したのが、信念だったのだ。」
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そして「第11章 存在の尊さ 心、物質、意味」では、「(前略)分子であれ原子であれ、物体はすべて、いずれ必ず崩壊する。」の後に、次の記述がありました。
「われわれは儚い存在だ。ほんのつかの間、ここにあるだけの存在なのだ。
それでも、われわれに与えられたこの一瞬は、稀有にして驚くべきものである。そのことに気づけば、生命の儚さと自省的な意識の希少さを、価値と感謝のよりどころにすることができる。」
……ほんのつかの間の存在であっても、一瞬を与えられたことに感謝しようということなのでしょう。
この本は、時間(宇宙)の始めから終わりまで、「エントロピー」と「進化」をガイド役として、読者に長い旅をさせてくれます。熱力学第二法則によって「絶対に避けられない終焉」への旅なので、私たちがどんなに頑張って秩序だった役に立つ美しくて素晴らしい仕事をしたとしても、結局は、「全体としてのエントロピーを増大させる」だけなのかもしれないんだなー……と、読み終わった後には、何とも言えない「虚無」のようなものを感じてもしまいました……。
まあ、それはそれで、どんな仕事も少なくともエントロピーを増大には寄与するのだし、まったくの無駄ではない(?)と思えば気が楽になるな、とポジティブに捉え直すことにしして(笑)、「つかの間の人生」を、自らの向上感を楽しんで生きようと思います。
いろいろなことを考えさせられ、とても勉強にもなる本でした。このような知識を得ることも、「全体としてのエントロピーを増大させる」ための、ちょっぴり知的で洗練された方法というだけなのかもしれませんが(苦笑)。
みなさんは何を考えるでしょうか……ぜひ、読んでみてください☆
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