『データ管理は私たちを幸福にするか? 自己追跡の倫理学 (光文社新書)』2022/6/14
堀内 進之介 (著)
スマホなどを通じた利己的な自己管理は、どのように利他や社会へと接続可能なのか……さまざまな事柄を測量するセンシングという技術と、それによって新たな洞察と解決策を生み出そうとするトラッキングという実践について考察している本で、内容は次の通りです。
まえがき
第1章 「分かる」と「できる」の間の深い溝
第2章 定量化される自己
第3章 定量化される関係性
第4章 測定されるものは管理される
第5章 セルフトラッキングの可能性
第6章 道徳性を補完するテクノロジー
最終章 慎重で開放的なスタンス
あとがき
参考文献
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『データ管理は私たちを幸福にするか? 自己追跡(セルフトラッキング)の倫理学』というタイトルの「自己追跡(セルフトラッキング)」の意味がよく分からないまま、自己追跡って「エゴサーチ(自分の評判をネット検索する)」のことかなー、だったら幸福にはしてくれないような……(苦笑)と思いつつ読み始めたら、ここで言う自己追跡は、「自分自身の状態や行動をトラッキングする(セルフトラッキング)」のことで、現在は主にヘルスケアのシーンで使われているものでした。「まえがき」には、次のように書いてありました。
「(前略)セルフトラッキングは自分の健康管理や作業の効率化を図る、ライフハックの一環という位置づけだ。つまり、巧く生きることを目的とする、良くて個人主義的、悪くすれば利己的な実践と見なされている。確かに、カロリー、心拍数、血圧、睡眠などの健康面での管理や、タスク、作業時間、集中力、やる気といった業務面での管理を可能にするアプリの大半は、個人を対象にしたものである。
しかし本書では、セルフトラッキングを単に個人主義的ないし利己的な実践として捉えるのではなく、他者にも、そして社会にも裨益するという意味で、関係主義的で利他的な実践として別様に理解してみようと提案する。巧く生きるだけではなく、善く生きるための方法の一つとして捉え直そうというのである。」
……なるほど。「スマートウォッチ」などで心拍数を測るとか、睡眠状態を分析するとか、最近流行の健康管理など、「自らを数値的に管理する方法」について考察しているんですね。
さて「第1章 「分かる」と「できる」の間の深い溝」には、「私たちは、みんなのために(あるいは社会のために)行動するのが苦手だ。その意義は「わかって」も「できない」ことが多いのである。」とありましたが……確かにその通りです……(耳が痛い)。
これは古代ギリシアの時代から「アラクシア(自制心のなさ)」として問題になっていたようですが……いまだに解決できていないほど、人間にとって根源的な問題のようです。
最近では、それを受け入れる形で、「私たちの考えや行動に期待するのではなく、それを予測し、外部から働きかけることで軌道修正しよう」とする「ニューロリベラリズム」を各国政府機関が始めているようで、アメリカやイギリス、オランダ政府は、それなりの効果をあげているようでした。
そして「第2章 定量化される自己」では、スマート製品が有する4つの潜在能力(モニタリング、制御、最適化、自律性)を活用して、「私たちのダメさを改善するために技術を借りる実践」が行われていることが紹介されていました。
ここで面白いと感じたのは、「セルフトラッキングの端緒」として「賢人たちの日記」があげられていたこと。古代ギリシアのマルクス・アウレリウスさんの『自省録』も、セルフトラッキングの一種だそうです。
なお最近世界的なムーブメントとなっている「デバイスやアプリによって自己を管理する方法(QS)」は、自分の状態を数値化して客観的に把握することで改善点に「気づき」、休息や運動などの自発的な行動を起こすことで、確かに健康効果をあげているようです。
さらに「第3章 定量化される関係性」では、この動きが、個人の活動だけでなく、他者との関係性(QR(定量化される関係性))にまで拡大していることが紹介されていました。自分一人で健康管理などを実践し続けるのは容易ではないこともあり、「サービス提供者は、利己的な関心が利他的なものに繋がることを、ユーザーがはっきり意識できるように仕様を変更し始めている」そうです。
そして「第4章 測定されるものは管理される」では、QSやQRのリスクや懸念点として、次の5つがあげられていました(もちろん本書の中では、もっと詳しい説明があります)。
1)新自由主義化:社会の全面的な「経済化」と、それによる「自己責任化」
2)測定―管理化:測定で有利になるように対人関係を変えていく
3)交換―互酬化:打算的な「思いやり」
4)市場―商品化:プライバシー懸念、データの収集分析の悪用懸念
5)依存―能力退化:GPSがイヌイットの環境を読む力を低下させた事例など
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そしてこれ以降の章では、次のことが印象に残りました。
まず「ウェイファインディング機能」。これは、「目的地までのルートを指し示し、リードするのではなく、名称の通り道を探し出すための「手掛かり」を私たちに与える。利用者が現場の状況に応じて適切に判断すること(例えば、混雑の回避や速度調整、安全性の確保など)を支援する点で、ナビゲーション機能とは異なり、私たちの記憶や知覚、注意など能力をむしろ増強するといえる。」というもの。
そして、スペインの倫理学者ララによる、ユーザーが自分でより良い道徳的判断を下せるようになるための「アドバイザーAI」の提案。これは、ソクラテスの対話「産婆術」をシステムに導入したもので、「アドバイザーAI」は、ユーザーに対して間違い(不正確さ)を指摘するのではなく、ユーザーとの対話を最後まで続けることで、ユーザー自身が自分のバイアスに気づくよう促すそうです。
これら「ウェイファインディング機能」や「アドバイザーAI」は、人間の知的活動のすべてを代替してくれるのではなく、人間に「気づき」を与えてくれる教師的な役割をしてくれるところが素晴らしいと感じました。(……とは言うものの……AIがはるか高みから、釈迦の手をさしのべてくれているみたいで……ちょっと複雑な気も……)。
……この本を読んで、私自身の『データ管理は私たちを幸福にするか?』への答えは導き出せませんでしたが、少なくとも現状のセルフトラッキングの形態などを知ることで、今後のセルフトラッキング技術との付き合い方を考える上でのヒントを得られたような気がします。「データ管理」や「自己追跡(セルフトラッキング)」は、自らが主体となって活用することで、機械に幸福にしてもらうのではなく、自らを幸福にしていかなければならないのでしょう。
いろいろなことを考えさせてくれる本でした。この他にも、「2021年のPR TIMES社の調査では一日のスマホ利用時間の中央値は6時間34分(えー、そんなに!)」とか、「コンピュータ適応型テスト(CAT)では試験監督は不要になる」などの驚きの話を知ることが出来ました。(CATは受験者の能力とテスト項目を最適化できるだけでなく、受験者の認知的・感情的側面を測定し、解答時間に関するデータを収集することで、不正行為を検出できるそうです)。
ちょっと哲学的で読みにくいところもある本でしたが、とても参考になりました。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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