『世界の樹木をめぐる80の物語』2019/11/27
ジョナサン ドローリ (著), ルシール クレール (イラスト), 三枝 小夜子 (翻訳)

 世界の各国で大切にされている樹木を80種選んで、その樹木の科学、歴史、文化、民間伝承など、その木にまつわる奇妙で魅力的な話を、多数の美しいイラストともに語ってくれる本です。
「序文」には次のように書いてありました。
「本書では、ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』の主人公フィリアス・フォッグのように、ロンドンから東に向かって出発しました。木はだいたいその方向に向かって紹介し、地域ごとにまとめてあります。」
……『八十日間世界一周』にちなんでいるから80の物語なんですね。
 樹木を追いかけて世界を東回りで一周する旅は、ロンドン(モミジバスズカケノキ(イングランド))から始まります。
「モミジバスズカケノキはカエデのような形の大きな葉をもつ威風堂々たる高木で、古きよき時代の大英帝国の象徴です。」
 このモミジバスズカケノキはロンドンの樹木の半数以上を占めていますが、この木には「汚れた空気の中で生き抜く」特別なしくみがあるそうです。それは、「樹皮が薄片になってポロポロ落ちる」しくみで、これがあるおかげで、産業革命時代のロンドンの煤まみれの大気の汚れも脱ぎ落して生き抜き、今も都会に住む木々と人間の両方の健康を守ることが出来るのだとか……これはまさに古きよき時代の大英帝国の象徴にふさわしい素晴らしい樹木ですね!
 この本には、このように各国を代表するような樹木が選び抜かれ、その特徴や歴史などの物語とともに、素晴らしい色彩で高精細に描かれた挿絵イラストが大きく載っているので、インテリアを飾る知的アイテムとしても活用できます。外観もハードカバーで、表紙写真でも分かる通りの美しい本です。80話のエッセイ集なので、パラパラ拾い読みをするのにもふさわしく、談話室などに置いておくのに最適です。
 格調高い話としては、ヴァイオリンなどの弦楽器に使われる木材の話もあります。
 例えば「オウシュウトウヒ(イタリア)」は……
「(前略)比類なき音色で聴衆を楽しませる最高級のギター、ヴァイオリン、チェロのすべてに、高山でゆっくり育ったオウシュウトウヒの響板が使われています。
 ストラディバリやグァルネリなど17~18世紀の弦楽器製作者は、最高級の楽器用の木材が欲しいときには、クレモナの工房から日帰りで行けるイタリアアルプスのオウシュウトウヒを使いました。この時代の弦楽器が特別なのは、15世紀ごろから数世紀にわたって続いた「小氷期」に育った木が材料に使われたからです。(中略)年輪の幅が異常に狭いこれらの木が、非常に硬くて均質なトーンウッドとして、ヴァイオリン製作の黄金時代を支えました。」
 そして「ベニイロリュケツジュ(ソコトラ島・イエメン)」……
「外見以上にリュウケツジュをこの世のものとは思えない存在にしているのは、大枝が傷ついたときに滲み出てくる、透明感のある、血のように赤い樹脂です。(中略)過熱し、乾燥させ、板状に成形された樹脂は、乾燥した血液のような、薄気味悪い粉になります。これが「竜血」です。」
「ストラディバリは、オウシュウトウヒの木材を使ったヴァイオリンに、竜血を混ぜたニスを塗っていました。」
 また、合成染料に置き換わる前までは、赤い染料が取られてた「ブラジルボク(ブラジル)」は……
「(前略)ブラジルボクには、堅さと重さと響のバランスが非常によいという魅力もあるからです。18世紀から今日まで、ブラジルボクの心材は最高級のヴァイオリンやチェロの弓の材料とされ、楽器業界ではブラジルの州の名にちなんでペルナンブコと呼ばれています。現在、ブラジルボクは世界に2,000本足らずしか残っておらず、輸出は禁止され、栽培に向けた取り組みが進められています。けれども、森で育つ野生のブラジルボクのほうが密度がわずかに高く、いい音が出る弓になるとされています。」
 ……なるほど。とても参考になりました。
 そして工作好きにとって一番身近な「バルサ(エクアドル)」は……
「バルサは、太陽の光を浴びてみるみる成長します。銀色の幹は滑らかで、不自然なほど完璧な円柱形です。わずか7年で樹高は30mに達し、大人でも腕が回らないほどの太さになります。成長が速い木によくあるように、バルサは細胞が大きくて水分を多く含むためにスポンジのようになっていますが、細胞構造は堅いため、乾燥させると軽さの割に硬い木材になります。機内持ち込み用スーツケースほどの大きさのブロックでも重さは2.5kgもありません。」
 また、驚かされた話もいくつか紹介します。まずはとてつもなく恐ろしい「スナバコノキ(コスタリカ)」の話。
「スナバコノキは樹高50mをゆうに超える高木ですが、気安く触れることはできません。幹の全体を、太くて短いものの剃刀のように鋭い棘が、びっしりと埋め尽くしているからです。」
「(前略)スナバコノキは乳白色の有毒な樹液を出すため、葉を食べる動物はほとんどいません。毒性はかなり強く、短時間で作用するため、吹矢毒に向いています。」
 さらにこの木の有毒な種子は、気温が高くて乾燥した日に、大きな爆発音をたてて突然爆発して種を飛び散らせるそうです……棘・毒・爆発……そこまでやるんだ(怖)。
 そして不思議な青い樹液を持つ「セーヴ・ブルー(ニューカレドニア)」は……
「栄養分に乏しい土壌と多量の有毒金属を押しつけられたセーヴ・ブルーは、ニッケルを利用する方向で進化しました。小さな白い花を咲かせる樹高約15mの木は、なんの変哲もない植物に見えますが、切ってみると、内樹皮から青みがかった緑色の不気味な乳液が出てきます。小枝に傷をつけると、ターコイズブルーにきらめく小さな玉が現れます。「セーヴ・ブルー」とは、フランス語で「青い樹液」という意味です。粘り気のある樹液の重さの11%、乾燥重量の25%以上をニッケルが占めていることがあり、これほどの高濃度のニッケルを含む生物はほかにありません。」
 さらに、各種の道具やゴルフボールとして利用されてきただけでなく、電気通信にまで貢献した「グッタペルカ(ボルネオ島)」は……
「もっと重要なのは電信ケーブルへの利用です。文字を電気信号に変えて伝送する電信は、1877年の発明以来、広く利用されていましたが、電気と水は相性が悪く、海をまたいだ国際通信は実現していませんでした。そこに、海水に強く、絶縁性に優れたグッタペルカが登場したのです。ロンドンで働いていたドイツ人のヴェルナー・フォン・ジーメンスがグッタペルカで銅線を継ぎ目なく被膜する方法を発明すると(彼と兄弟が設立した会社が今日のシーメンス社の始まりです)、起業家と資本家はそれを好機と見て、海底ケーブル敷設レースが始まりました。多くの試行錯誤と外洋での勇敢な挑戦を重ね、信頼性の高いケーブルの製造・敷設技術が確立しました。」
 グッタペルカは、1933年にポリエチレンの工業的な合成が始まるまで、ケーブル被膜材料として活躍したそうです。
 この他にも、いろんな世界中の魅力的な樹木の話が満載です。ちなみに日本からは、「ウルシ(日本)」と「ソメイヨシノ(日本)」が選ばれています……確かに両方とも「日本らしさ」を代表する樹木なので、納得の選択だと感じました。
 美しいイラストを楽しみながら、世界中の樹木の話を読んでいるうちに、ちょっと教養も身についてしまう(気がする)という美味しい本です。みなさんも、ぜひ読んでみてください。植物好きの方には、とくにお勧めします☆
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