『世界の植物をめぐる80の物語』2022/9/14
ジョナサン ドローリ (著), ルシール クレール (イラスト), 穴水 由紀子 (翻訳)

 世界の7つの大陸、55カ国を旅しながら、美しかったり、危険な毒を含んだりして、巧妙に生きる80の植物が織り成す奇妙で不思議な物語で、『世界の樹木をめぐる80の物語』の続編です。前作同様、ヴェルヌの『八十日間世界一周』になぞらえて、イギリスから中東、インド、中国、日本、アメリカをまわる八十日間を80種に置き換えた世界の植物をめぐる旅が始まります。
 とても驚かされたのが、「マンドレイク(イタリア)」。なんと架空のものではないそうです! 次のように書いてありました。
「まったくの架空の植物だと誤解されますが、マンドレイクは実在しますし、それにまつわる奇怪な迷信の多くには科学的根拠があります。
 乾燥した地中海南岸と中近東が原産のマンドレイクは、猛毒のベラドンナや無害とはほど遠いジャガイモと同じく、攻撃的なナス科の植物です。(中略)そして黄緑色から深い黄金色へと熟していく胡桃大の光沢のある丸い果実をごろごろとつけ、つかの間ですが心がかき乱されるような麝香の香りを漂わせます。この特異な香りによってマンドレイクは聖書のなかで媚薬とされ、エロティックな『雅歌』で重要な役割を果たしたり、『創世記』に登場して、子どものいないラケルが夫ヤコブの愛情を取り戻すために、姉の恋なすび(マンドレイク)を欲しがったりします。
 マンドレイクを不用意にむしゃむしゃ食べるのは愚かです。この植物のあらゆる部分、とりわけ根には、トロパンアルカロイドなどの強力な薬効性と毒性をもつ物質群が含まれています。それらが合わさり、マンドレイクは痛みを感じなくさせたり眠気を催させたりしますが、幻覚や譫妄も引き起こし、昏倒や死亡に至らしめる可能性もあります。(中略)
 根が二股に分かれ、不安を覚えるほど人間に似ていたり(うまいこと少し削って粟粒で目をつけるとなおさら)、狂気、つまり悪霊に取りつかれた状態をひき起こすことができたマンドレイクは、明らかに超自然的な存在でした。」
 ……えええ……そうなんだ……やっぱり、ちょっぴり怖い植物なんですね……。
 そしてペーパークラフト好きには必須知識の「カミガヤツリ(エジプト)」は……
「(前略)茎の皮から取れる繊維は、乾燥させてロープやかご、網、船の帆さえ作っていました。茎の内部の空洞を包む柔らかな白い髄は葦船づくりに最適で、ナイル川とその支流沿いの大規模輸送や交易を可能にしました。(中略)
 カミガヤツリは紙を作るのにも使われました。髄を薄く削いで水に漬けたものを縦横に並べて置き、槌で叩いて密着させ、水分を絞りだして乾かし、粉末状の粘土で磨いてパピルス紙を作ったのです。砂漠の乾燥した空気のなかで、その紙は驚くほど良好な状態を保っています。」
 ……パピルスは、カミガヤツリという植物から作られていたんですね。
 そして日本からは、「スサビノリ(日本)」、「キク(日本)」、「イチョウ(日本)」が選ばれています。……え? スサビノリ? それって何? と思ってしまいましたが……
「スサビノリは日本の重要な食用作物です。」
「乾燥させたシート状の海苔(板海苔)を作る伝統は、18世紀に日本で和紙作りにヒントを得て始まりました。」
 ああ! 海苔の原料になる植物でしたか!
 今ではおにぎりなどに欠かせない海苔ですが、近年までその成長の仕方が分からなかったため、収穫量が常に予測不可能で「ばくち草」と呼ばれ、1940年代には収穫が壊滅状態になったのだとか! そんな頃、英国の科学者のベーカーさんが「貝殻の中に見られるピンクの泥のような微生物が、実はノリの確たるライフステージの一つ(糸状体)」であるということを調べ上げたそうです。そしてその知見を受け継いだ日本の科学者が、信頼できるノリの養殖方法を考え出して、現在に至っているのだとか。
「英国ではほとんど無名のドリュー=ベーカーは、日本では海苔産業を救った女性として称えられ、親しみを込めて「海苔養殖の母」と呼ばれている。」
 ……そうだったんですか。ありがとうございます。海苔、美味しくて、大好きです。
 また、地味に恐ろしかったのが、「ヌイトシア・フロリブンダ(オーストラリア)」。世界最大の寄生植物(葉で糖を合成できるので、厳密には半寄生植物)だそうです。
「ヌイトシアは探索用の根を、その途中で側根を伸ばしながら、優に100mというけた外れの距離に送ることができるのです。そして宿主候補の根に望みどおりの物質を感知すると、その根にまるで結婚指輪のようなドーナツ形の吸器を成長させ、その指輪の中でミニチュアの剪定ばさみを作りだして、鋭利な木質の刃で宿主の根を切り裂きます。ヌイトシアが自らの根系を宿主の植物に接続させれば、強盗は完遂です。偶然にも、ヌイトシアが攻撃を起こすきっかけとなる化学物質は、さまざまなプラスチックにも存在しており、この植物はまるでSF物語に賛同するかのように、地中の電話線を探し出して切断したり、電気ケーブルの絶縁体を損傷したりすることで知られています。」
 ……ぎゃー、なんて怖い植物だ……。
 そして最後は、「海洋植物プランクトン(全世界)」。
「(前略)植物プランクトンは、植物の最も重要な能力である光合成を確かに行います。大半がわずか数日の命であるそれらは、海流に押し流されながら光の当たる水面近くを漂っています。
 太陽光を利用してそのプロセスを行う植物プランクトンは、ちょうど樹木が炭素を蓄えるのと同じように、海水に溶け込んだ二酸化炭素を使ってその微小な体に炭素化合物を取り込みます。小さくても数は莫大で、大さじ1杯の海水に数十万個が含まれていることもあります。世界の海洋植物プランクトンをすべて合わせると、樹木などの陸上植物をすべて合わせた量に匹敵する二酸化炭素を吸収(および酸素を放出)するのです。植物プランクトンは海洋における一次生産者、つまり食物連鎖の始まりでもあります。それらなしでは、他の海洋生物はほとんど存在できないでしょう。
(中略)1つ1つはちっぽけな植物プランクトンが、海のほぼすべての栄養と生命の源であることを肌で知ると、しみじみと謙虚な気持ちが湧いてきます。」
 ……植物は地球の生物だけでなく、環境をも支えてくれているんですね!
『世界の植物をめぐる80の物語』、この他にもいろんな面白くて勉強にもなる話題をたくさん読むことが出来ました。前作の『世界の樹木をめぐる80の物語』と同様、各国を代表するような植物が選び抜かれ、その特徴や歴史などの物語とともに、素晴らしい色彩で高精細に描かれた挿絵イラストが大きく載っているので、インテリアを飾る知的アイテムとしても活用できます。外観もハードカバーで、表紙写真でも分かる通りの美しい本です。80話のエッセイ集なので、パラパラ拾い読みをするのにもふさわしく、談話室などに置いておくのに最適です。
 美しいイラストに心癒され、面白くてちっぴり教養も身につく(ような気がする)美味しい本なので、みなさんも、ぜひ読んでみてください。植物好きの方には、特にお勧めします☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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