『人類冬眠計画: 生死のはざまに踏み込む (岩波科学ライブラリー 311)』2022/4/16
砂川 玄志郎 (著)

 SFの世界でよく題材にされる人工冬眠。その研究者の砂川さんが、ご自身の体験や「人類冬眠計画」への想いを語ってくれる本です。
「はじめに」には次のように書いてありました。
「2020年6月に私と筑波大学の櫻井武教授らのグループが冬眠研究を大きく前進させる研究成果を世界に発表した。脳の一部を興奮させることでハツカネズミ(マウス)という冬眠をしない動物を冬眠様状態に誘導できることを示したのである。私たちはこの冬眠様状態をQIHと名づけた。QIHの登場により、人工冬眠は夢物語ではなくなった。人間という冬眠しない動物を冬眠させられる可能性が見えてきたのだ。」
 このQIHの意義(価値)は、1)冬眠しない動物でも冬眠動物のように代謝を制御しながら下げられることを示したこと、2)マウスというもっともよく研究されている哺乳類で冬眠様状態をつくり出せたことにあるそうです。……なんか、わくわくしますね!
 さて、国立成育医療センターで重症の小児患者の治療にあたっている砂川さんは、現在の技術では治療できない患者さんを「冬眠」させておけないだろうか、と考えていたそうです。そんな時、熱帯地方に生息しながらも冬眠するフトオコビトキツネザルのことを知り、「冬眠研究」を自分自身で始めることを決意しました。
 実験動物としてよく利用されているマウスを対象に選び、マウスに触れることなく睡眠と覚醒を自動的に測定できる装置(システム)を、まず作成したそうです。
「動物としてはマウスを導入し、日内休眠を安定的に誘導できる手法を確立するところから研究を始めることにした。」
「実はマウスは代表的な日内休眠を呈する動物である。日内休眠は冬眠と比べると期間は短く低代謝の程度も浅い。餌がなくなったときに休眠するものもいれば、毎晩決まった時間に休眠をする日内休眠動物も存在する。」
 なお(小型動物の)冬眠とは、次のような状態のことだそうです。
「冬眠中の体温が低下した状態を「休眠」とよぶ。しかし体温は低下しっぱなしではない。一目でわかるとおり、数日間に一度は37度前後の正常体温に戻る。この一時的な復温(体温が正常に戻ること)を中途覚醒とよび、小型の冬眠動物には共通して見られる現象である。中途覚醒の間に餌を食べる動物もいれば、全く動かずに体温だけ上昇する動物もいる。いずれにしても、1日以内に再び休眠状態になり、体温が低下し、数日間の休眠を経た後に再び中途覚醒する。この休眠と中途覚醒を繰り返して春を待つのである。」
 そして冒頭でも紹介したように、マウスを冬眠状態に誘導することに成功したそうです。
「視床下部の中でも視床下部視索前野(POA)は体温調節に大きく関わることが知られている。まず、POAには環境温度が高いときに発火する神経が存在する。(中略)
 このようにPOAでは興奮させると体温を低下させることができる神経が多数存在することから、POAが体温調節に重要な部位であることは明らかである。」
 この視床下部の研究を通して、視床下部の特定の神経(QRFPというペプチドを含有する神経)を興奮させると、何日間もマウスが低体温状態になることが分かったそうです。QRFPを投与されたマウスはたくさん食べ、QRFPを全身から削除されたマウスは食べなくなって、おとなしくなる。そして視床下部のQRFP神経を興奮させると、冬眠様状態になる……これらの実験を通して、非冬眠状態のマウスを、任意のタイミングで冬眠状態に誘導できるようになったのです。
 素晴らしいですね!
 でも、人間を人工冬眠させるようにするには、もちろん、まだまだたくさんの問題があります。
 また、もしも人間の人工冬眠が技術的に可能になったら、未来が次のように変わってしまうので、それらについても検討しておく必要があるそうです。
1)時間(年齢)の概念が変わる(生まれてからの期間と実際の体の年齢の乖離。実年齢でなく積算年齢が重要になる?)
2)冬眠している人間の人権はどうなるか(代理人や後見人が必要?)
3)倫理観はどうなるか(冬眠している人へのどのような行動が倫理的に不適切となるのか?)
 などなど。……うーん確かに。難しい問題ですね……。
 最終章には次のように書いてありました。
「生物学的な問題としては、低体温と低代謝に耐えられる状態をつくり出すことが人工冬眠に向けての目標になりそうである。そのためには実際に冬眠をする動物を詳しく研究し、実際に冬眠しない動物を冬眠できるように研究を進めていく必要がある。」
……いろいろな意味で、人類の冬眠は、単に「冷凍保存」技術の向上だけでは成し遂げられないものだったんですね……今後の研究にも期待したいと思います。
 実現への重要な一歩を踏み出した「人類冬眠計画」の実情を教えてくれる本でした。興味のある方はぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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