『こうして絶滅種復活は現実になる:古代DNA研究とジェラシック・パーク効果』2022/6/20
エリザベス・D・ジョーンズ (著), 野口 正雄 (翻訳)

 ネアンデルタール人の全ゲノム解析、絶滅種の再生、SFだとしか思われていなかった古代DNA研究が発展していった背景には何があったのか……映画『ジェラシック・パーク』の裏側にあった知られざる科学とメディアの力の物語です。
 タイトルが『こうして絶滅種復活は現実になる』だったので、琥珀に閉じ込められた古代生物のカケラからDNAを読み取って、遺伝子編集やクローン技術で再生させる科学的な解説書だとばかり思ったのですが、この本は恐竜などをはじめとする古代生物の研究に、映画『ジェラシック・パーク』とメディアがどのような役割を果たしてきたかを、じっくり読み解いていく本でした。
「序章」には、次のように書いてあります。
「本書は、化石分子の探索、特に化石DNAの探索が、1980年代初頭から現在まで、SF的アイデアから実際の研究分野へと発展していく様子を歴史的に検討するものである。いまではこの分野は科学的コミュニティにも一般社会にも「古代DNA研究」の分野として広く知られるようになっている。」
「本書に記すのは、1980年代から現在にかけて、化石DNAの探索がSFから現実の研究へと発展する中で科学とマスコミの間で生じた相互作用である。過去数十年で、古代DNA研究は社会を向いた、科学をはるかに超える存在(『セレブリティ科学』)へと成長した。」(注:セレブリティ科学=大衆の高い関心とマスコミに過剰に取り上げられる状況下で発展する科学のテーマ)
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 それまで、あまり注目されてこなかった古代生物の研究は、マイケル・クライトンとスティーヴン・スピルバーグによる映画第1作『ジュラシック・パーク(1993)』で俄然脚光を浴びることになりました。私自身もこの小説と映画を見ましたが、本当に衝撃を受けました。特に映画は、わくわくして何度も見ました! あの「琥珀に閉じ込められた古代の蚊が吸った血から、恐竜を復活させる」部分、こんなことが本当に出来るかもしれないんだ……その興奮で、古生物学にまで興味がわいて、もともと理科好きではありましたが、それまではどちらかというと「化学」が好きだったのに、それに「生物学」が加わってしまったのです。
 本書にも、「『ジュラシック・パーク』の人気のすごさの一端は、その科学的、技術的なもっともらしさにあった。」とか、「『ジュラシック・パーク』は科学を社会に説明し、科学者に社会に関心を持つよう促すのに役立つ「象徴」となったのである。」とか、「広く言えばメディアが、そしてとりわけ『ジュラシック・パーク』が、この新しく誕生し、成長しつつあった学問に輪郭と方向性を与えるのに役立ったのである。」とか書いてありましたが、まさにその通りだと思います。古代DNA研究への、一般人の興味を激しく掻き立ててくれました。
 でも……研究者たちにとっては、良い面と悪い面がある、難しい状況になったようです。古代生物のDNA研究が一般から注目されるなか、古さ競争が起きたり、より興味を惹きそうな対象へ集中したりするようになりました。(1994年、絶滅したケナガマンモス(5万年~9700年前)からのDNA回収発表。1997年、絶滅したネアンデルタール人のDNAの最初の証拠に関する論文……などなど)
 でも古代生物のDNA研究には「汚染」問題(博物館や研究室で他のDNAソースにさらされる可能性がある)とか、「劣化」問題(絶滅した古代生物のDNAの化学組成はすでに劣化、断片化している)もあり、下手な推測や発表を行うと、研究者として致命的になる危険性も大きくなってきます。そのため研究者たちは、「真正性の基準(9つの規則)」を発表しましたが、これに教条的に従うことで、また新しい問題も発生してくれるのでした……。
 これらの経緯は、古代DNA研究だけでなく、すべての科学的研究でも発生するような問題だと思います。
 でも2005年に次世代シーケンシング(NGS)のイノベーションが発表され、ゲノム配列決定が効率化されたことで、古代DNA研究にも新しい時代が訪れました。NGSは研究を効率化してくれるだけでなく、ゲノムの汚染問題にも良い対処法を与えてくれたようです。次のように書いてありました。
「NGSは、(中略)データ量と汚染の問題を克服するチャンスをもたらした。誤解のないように言えば、NGSによって汚染の可能性がなくなったわけではないのだが、その問題自体の意味が変化したのである。古代の試料には確かに汚染配列が含まれていたが、研究者がその汚染量を計算し、DNAの真正性に対する信頼度を高められるようになったのである。その作業は、研究者が配列データを読み、科学的劣化の分子的特徴、多くの場合は真正な古代DNAの特徴である死後損傷(生物の死後に生じる変化)を探すことで行われた。汚染量の推定にはさらに高度な計算手法も必要となった。NGSによる入手可能なデータ量の増加と、科学者がDNAの劣化を示唆するパターンを認識、分析する能力が結びつくことで、どの配列が外的環境のものからなのかを研究者が判定することができるようになったのである。」
 ……技術の向上で、古代DNA研究が今後も正しい方向で発展していくことを期待したいと思います。
 さて、現時点(2022年)ではまだ「絶滅種復活」は現実になっていないような気がしますが、実際に「復活」させる必要はないのではないか、と思います。本書には「近年、NGSや特定のDNA配列を切り出し、別の対象の配列に挿入することでゲノムの編集が行えるCRISPR/Cas9のような技術のおかげで、絶滅種の復活は単なるアイデアから実際の研究課題へと進展している。」と書いてありましたが、個人的には『ジュラシック・パーク』は、CGやロボットで十分で、恐竜たちには、電源を落とせば停止してくれる状態でいて欲しいと思います(苦笑。我ながら夢がないやつだ……)。
 ともあれ、これは、映画やメディアが科学研究へ及ぼした力を、現実の問題として知ることが出来る本でした。科学者の方には特に参考になると思います。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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