『僕とアリスの夏物語 人工知能の,その先へ (岩波科学ライブラリー 309)』2022/1/15
谷口 忠大 (著)
小学生の悠翔のもとに突然やってきた謎の少女アリス。最初は赤ちゃんのように何も知らなかった彼女は、悠翔の家にあるものや悠翔たちとの交流で多くを学んでいきます。でもそこに、怪しい影が忍び寄ってきて……AI(人工知能)と共存する未来とはどういうものか。「発達する知能」は、いかに実現されるのか。小説と解説の合わせ技で、詳しく、しかも楽しく語ってくれる本です。
表紙に「まさかの青春小説×本気のAI解説」とあったので、「青春小説の中にAI解説が巧みに取り入れられているのか?」と思ったのですが……小説パートと解説パートが交互になるという構成のAI解説書でした。要するに、よくある「マンガでわかるXX」シリーズのマンガ部分が青春小説になった感じの解説書で、内容は次の通りです。
第1話 訪れる者
第1話解説:人工知能の時代
第2話 物を調べる者
第2話解説:探索と物体概念の獲得
第3話 言葉を覚える者
第3話解説:音素と語彙の獲得
第4話 徘徊する者
第4話解説:移動と場所の学習
第5話 街に出る者
第5話解説:社会の中での言語獲得と理解
第6話 苦悩する者
第6話解説:人工知能と社会構造の変容
第7話 衝突する者
第7話解説:人工知能との関係性と倫理
第8話 未来に向かう者
第8話解説:発達する自律的な人工知能の創成
*
物語は、引きこもりの少年・悠翔のもとに突然やってきた謎の美少女・アリスが、赤ちゃんのように経験を通して学んでいくというもので、アリスの発達段階に合わせて、AIの解説がなされていきます。
こういう形式の解説書は初めて読みましたが……「うん、アリだな!」と感心させられました。実を言うと、本書の解説パートは、けっこう専門的で難解な用語・言い回しが多くて疲れるのですが(汗)、青春小説パートがその疲れを癒してくれますし(笑)、美少女アリスはたぶんAI(アンドロイド)で、彼女がやらかす謎の行動で何かを学んでいるのだろうと想像できるので、解説部分への興味が増していていって、その結果、理解も深まるような気がします。
例えば「第1話解説:人工知能の時代」には、次のような解説が。
「人間の知能は、たった一つの身体に基づいて、感覚運動器に「閉じた」経験に基づいて、徐々に組織化されていく存在である。「閉じた」とは、視覚や触覚といった限られた感覚運動器から得られる情報しか、私たちは利用できないことを意味する。画像認識や音声認識といったその機能の一部を取り出して、訓練データで最適化することはできない。発達を通して、環境との相互作用を通して、他者との相互作用を通して、心は自己組織化していく存在なのである。」
そして「第4話 徘徊する者」では、最初は立ち上がることさえ出来なかったアリスが、自らの経験(試行錯誤学習)を通して、来訪者に挨拶することも、二本足で普通に歩くことも出来るようになっています。
ここの「第4話解説:移動と場所の学習」では、「計算機にもとづく人工知能は、論理的推論が得意だが、動物や人間の子供のように体を動かして、この世界でたくましく生き抜くことは苦手」だとあり、「人工知能の計算機上の学習と、身体運動学習の違い」が次のように書いてありました。
1)運動は、身体と環境の相互作用を通して創発する
2)身体運動を学習するためには、ロボット自身が実世界で身体を用いて経験を重ねなければならない(動いて学習サンプルを集める)
……ちなみに私たち人間はごく普通に「分散的でリアルタイムな刺激反応系の積み重ねで身体運動を覚える(サンプション・アーキテクチュア)」のですが、ロボットにもこのような覚え方は出来るそうで、実際にサンプション・アーキテクチュアを用いた六足歩行小型ロボットのGenghisは、何も考えず(手足の軌道を計算せず)、もがきながら身体と環境との相互作用で歩くようになるのだとか。
そして個人的に一番興味深かったのは、「第7話解説:人工知能との関係性と倫理」。
コミュニケーションロボットの先駆けという感じの犬型ペットロボットAIBOは、自然言語を話さず、「ピロッポ」などという音しか出せなかったのですが、実はこれは重要な要素だったようです。この意味不明の音は、赤ちゃんのコミュニケーションのように、「解釈者がそれを能動的に意味づけする」ことで成り立っていたのだとか……なるほど、確かにそうですね! しかもAIBOのシステムは、ユーザとの相互作用で学習していたわけではなく、相互作用の計測で徐々に機能制限を解除するようなことをしていただけだったそうですが、ユーザにはそれが成長に見えた(関係性構築の鍵になった)のです……これは、ロボットと人間との関係性を考える上で、重要なヒントになるように感じました。
また、ここでもう一つ考えさせられたのが、人間に危害を与えてはならない、などの「ロボット工学三原則」。アシモフのSF小説に出てきた有名な設定で、ロボットと人間の関係を考える時には、すでに「常識」になっているような気すらしていましたが、これを実現するのは非常に困難だという指摘に、ハッとさせられました。
「ロボット工学三原則」は抽象度が高すぎて、それを実世界で起こりうる事象に関するルールで書き起こすことは出来ないのです。しかも「人間との相互作用を通じて学習するロボットは、相互作用を実際に与えてみないと、どうなるのかはわからない」……確かに、その通りですよね……。
むしろ「ロボット工学三原則」は実現不可能だとわきまえた上で、ロボットやAIと付き合っていくべきなのかもしれません。常に彼らが「暴走する可能性がある」ことを忘れずに……。
そして「第8話 未来に向かう者」、「第8話解説:発達する自律的な人工知能の創成」では、AIと共存する未来とはどういうものか。「発達する知能」は、いかに実現されるのかなど、AIの将来の展望が語られていきます。
考えてみれば、スマートスピーカー(音声認識、音声合成、情報検索)、機械翻訳、ドアホンカメラの画像認識、見守り(監視)カメラなど、AIはもう私たちの身近にいて、必要不可欠な存在となっています。
この本に登場するアリスのような「人間の赤ちゃんと同じように成長する」AIの実現は、まだ当分先のような気もしますが……実はそのかなりの部分はすでに実現している(それぞれ単機能ですが……)ので……もしかしたら意外に早く実現してしまうのかも……。
個人的には、AIロボットは「赤ちゃんと同じような方法で成長」する必要はないのでは?と思います。なにしろAIロボットは人間と違って「硬くて力が強そう」だから、「悪気のない暴走」がとても怖い……AIロボットには、きちんと「管理された知能」を実装していただきたいと思います……。
えーと……「マンガ」ならぬ「青春小説」でわかるAIの本でした。AIに興味がある一般の方はもちろん、AIの研究者の方にとっても、いろんな意味で参考になると思います。ぜひ読んでみてください☆
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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