『本能―遺伝子に刻まれた驚異の知恵 (中公新書 2656)』2021/8/18
小原 嘉明 (著)
鳥のヒナは親に教わらなくても飛ぶことができる……本能に基づく驚くべき行動の数々を紹介し、その本能がどうなりたっているのかを解説してくれる本です。
「まえがき」には本書の概要について、動物の生存に必須の「採餌行動」と「子を遺すための生殖行動」の具体的な事例と、その行動が動物行動学あるいは進化学の立場からどのような意味があるかを解説し、続いて動物の本能行動を含む行動が、どのような仕組みで形作られるか、行動の仕組みを追究していると紹介した後に、次のように書いてありました。
「(前略)ここで大事なことは、動物の行動は、捕食者などの外界の行動対象を的確に受容する感覚器官、感覚器官からの情報を中枢神経に伝える感覚神経系、その感覚情報を適切に処理する中枢神経系、あるいはしかるべき筋肉をしかるべく活動させてしかるべき行動を構築するための神経的青写真を作る中枢神経系、その中枢神経系からの神経指令を筋肉に伝える運動神経系、その神経指令を実際の行動として表現する筋組織など、実に多種多様な組織や器官が総動員されてはじめて成り立つ複合形質であるという事実です。
本書ではこの事実とこれらの組織、器官の発生学的知見から、動物の行動の基礎部分は基本的に経験なしでも正常に形成されることを説きます。つまり動物の行動は基本的に本能行動であるという考えを提唱します。」
この本では、動物(人間を含む)のさまざまな行動が具体的に紹介されていきます。
例えば人間の赤ちゃんも、口を密閉し、内部を陰圧にしたうえで乳を吸うという複雑な行動を、誰にも習わずに行っているのです。口がそれにあった構造をしていないのに、このような複雑な行動が出来るのは、本能のおかげなのです。
「(前略)動物は生涯のいろいろな段階で、それ以前に経験したことがない行動を迫られます。本能はそのたびに無類の力を発揮し、動物を支えています。」
「本能は「行動にかかわる組織や器官が、経験に依存することなしに適切に発生し、適切に機能して発現する行動」と定義されるでしょう。」
「(前略)動物の学習は、それが行動の成熟や、子や親のような行動の対象の学習、あるいは多くの蜜を出す花とその花の特徴を結びつける連合学習、さらには試行錯誤学習であっても、一歩踏み込んでみるとそれらの学習のいずれかの過程で生得的な本能行動に依存していることが分かります。」
「本能は行動一般の基礎をなす行動の最も基本的で最も重要な核心的装置であるといえます。それに比べると、学習は本能では対応できない現場の具体的要求に応える任を担った補助的装置のような役割を受け持っているといえるかもしれません。」
「(前略)生得的に兼ね備わっていない全く新しい行動、すなわち新しい行動中枢を新規に組み立てるには、長い時間をかけて練習することが不可欠です。」
……などなど、「本能」をキーワードに、動物のさまざまな行動(採餌、生殖など)を具体的に知ることが出来る本でした。
なかでも、動物行動学の「行動を実践したときのコストとその結果得られた利得に注目し、行動を定量的に測定する研究方法」は、すごく興味深かったです。鳥などの動物は、常に「効率よく餌を取る」よう行動しているんですね。採餌行動にかかるエネルギーが、取得できる食物のエネルギーより大きくなるような非効率さは、確かに死活問題なわけですから……。考えてみれば、人間も同じような「賢い行動」をとっていますよね。
動物の行動は、それが本能によるものか、学習によるものかを厳密に区別することは難しく、一見学習によるものに見えるものも、本能との組み合わせになっていることも多いようです。例えば鳥の羽ばたきも、生得的な行動楽譜あるいは本能が、羽ばたきの発達に必須で、習得的行動といえども、生得的な行動楽譜なしで発達する可能性はほとんどないのだとか。
……確かに、そうですね。そもそも「学習」が出来るためには、それを可能にする組織や器官が身体に備わっていなければいけないわけですし……。必要な基本行動は「本能」で備わっていて、それを洗練させるのが「学習」なのかもしれません。
動物のいろんな行動を通して「本能」について考えさせられる本でした。生物が好きな方は、ぜひ読んでみてください。
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