『不老不死ビジネス 神への挑戦 シリコンバレーの静かなる熱狂』2021/8/19
チップ・ウォルター (著),

 米国では、グーグルやアップル、アマゾンのような巨大企業が、名もないスタートアップ企業に巨額の投資をして、著名な生物学者、医学者、遺伝子工学研究者、コンピュータ科学者を集め、従来の老年医学とは異なるアプローチで新技術を開発、人間の老化を根本から抑えることを目指し始めている……従来の老年医学やアンチエイジング医療とは一線を画する、革新的な長寿技術を追求する人々について書かれた本です。
 最先端の不老長寿テクノロジー企業の創設者、投資家、研究者の考え方や、不老長寿・不老不死ビジネスの最前線を克明に紹介してくれます。最新の研究動向に加えて、次世代テクノロジーに賭ける米国の投資家たちの熱意や、シリコンバレーの人脈図、ベンチャー企業誕生までの裏話も知ることが出来ました。
 さて、生物の中には驚くほど長寿命のものがいるので、その謎を明らかにすることで、人類の長寿命化も不可能ではないのかもしれません。例えばハダカデバネズミ。普通のネズミが3年程度の寿命なのに、ハダカデバネズミは25歳まで生きるのは珍しくないそうです。長寿のハダカデバネズミは、「Nrf2」と呼ばれる強力なたんぱく質の恩恵を受けているのだとか。
「このたんぱく質には、フリーラジカルなどによる酸化によって細胞が受けるダメージを打ち消す作用がある。Nrf2は哺乳類の多くが持っており、人間もその中に含まれる。ハダカデバネズミの細胞が持つNrf2には、酸化、各種有害物質、炎症、暑さ、脳細胞の劣化など、体にダメージを与えるようなあらゆる攻撃からしっかりと身を守れるようにする力がある。」
 またホッキョククジラの中には、推定120年以上もの長寿のものがいるそうです。
「ホッキョククジラは驚くほどタフで、死の間際まで体力も健康も衰えることがない。彼らのDNAの修復能力は驚異的だ。ホッキョククジラは生まれてから死ぬまでずっと、生命を維持して何百万マイルもの距離を泳ぎ続けるために、膨大な数の細胞を修復し続けているように思える。長年にわたってジョージは1000回以上の調査を繰り返してきたが、ただの一度もホッキョククジラにがんや認知症の形跡を認めたことはない。
 何が起こっているにせよ、あらゆる証拠は進化が重要な遺伝経路をどうにかして変え、種の寿命を延ばしていることを示している。だが、そうするともっと大きな疑問が出てくる。進化がそんな方法を見つけられたなら、科学にも可能なのではないだろうか。」
 なるほど……これら長寿の生物のDNAやたんぱく質の解析によって、健康長寿への道が拓けるのかもしれません。
 この他にも、次のような刺激的な情報をたくさん知ることができました。
「(スウェーデンの)カロリンスカ研究所では、がんを含めた血液、脳、目、骨、肝臓の疾患を有する患者に幹細胞を注射で投与している。研究はまだ途中だが、今のところ、この新しい治療法には効果がありそうに思われる。ダメージを受けた器官に幹細胞を注射するだけで、まもなく丈夫な新しい細胞が再生し始める。」
「数十年にわたって、心臓病患者にはブタの弁や様々な器官が使用されてきたが、ブタの心臓や肺を丸ごと人間に移植すると、拒絶反応が起こるという大きな問題があった。ベンターの計画は、ゲノムシーケンサーを使ってブタとヒトのゲノムを比較し、二つの間の拒絶反応の原因となっている遺伝子を正確に突き止めて、CRISPR技術で邪魔な遺伝子を切り離し、組み替えた遺伝子を様々な器官に分化できるブタの卵巣に挿入し、「ヒト化」した肺と心臓を持つ新しいブタを作りだすことだった。平均的なブタの臓器の大きさは平均的な人間とほぼ同じであることがわかっており、遺伝子も驚くほどよく似ている。
 いつかこのような移植が実現すれば、移植を受けた患者は一部がブタで一部が人間のキメラということになる。」
「今や、悲鳴を上げ始めた体を何とか維持していくために(ブタなどからの)心臓移植やバケツに山盛りの薬に頼らなくても、胎盤から作ったハリリの薬を注射するという方法がある。古い幹細胞が衰えて力尽きると、新しい幹細胞がまとめて供給される。こうして、ベビーブーム世代の体のどこもかしこもが若々しさをすっかり取り戻し、細胞がリセットされる。健康になったというだけでなく、実際に若返り、社会で疎外感を味わうこともない。」
 そして、「シンギュラリティ」で有名なカーツワイルさんは、AIの出現で、人間の体と心が強力な新しい形に進化すると予想しています。
「ナノボットは動脈を掃除し、筋肉を強化し、各種器官の能力を高めながら、同時にごく普通の人間の脳がクラウドの広大な脳空間にアクセスできるようにする。(中略)目に見えないほど小さい細胞サイズのマシンを血清のように注射で大脳皮質に注入すると、機能が強化された人工脳細胞になる。私はこれをニューロボットと呼んでいる。
 数十年のうちに、どこからでもアクセスできるクラウドに直接接続された何兆個ものニューロボットが大勢の人々に提供され、どんなことにも負けない体が現実のものとなるだろうとカーツワイルは予測している。そのように体を強化すれば、幹細胞による若返りも、遺伝子の改良も不要になる。そのような人々は2014年のアカデミー賞にノミネートされたマイケル・キートンの映画はどれだったかをグーグルに尋ねる必要もない。答えは、自分自身の記憶と同じように、探れば見つかる。映画を見る人もいなくなるだろう。現在の私たちが自分の記憶を思い出すよりずっとリアルに頭の中に映像を思い描き、その世界に入り込めるようになるからだ。(中略)ニューロボットは、瞬く間に今いる場所からどこでも好きな場所に人間の意識を移動させることもできる。(中略)まるで本当にそこにいるようにあらゆる感覚をリアルに感じることができる。本当の現実ではないが、本物のように感じられる。ニューロボットが脳内の化学組成を組み換え、ごく自然に感覚を融合させていくからだ。
 何よりすごいのは、この新たなハイブリッド人類は、デジタル情報としてバックアップを保存することが可能な点だ。もし本人がいきなり死んでしまったとしても、保存されたバックアップ情報をダウンロードすれば、体と心のあらゆる情報を持ったクローンコピーを作ることができる。つまり、まったく何事もなかったかのように人生を再開できる完璧なバックアップが手に入る。」
 ……なんか、もの凄い未来が予想されているんですね……。この他にも驚くような新技術を多数知ることが出来ます。
 ITやAIを活用したゲノム解析や、幹細胞などの新技術を活用することで、人間の老化を根本から抑え、飛躍的な長寿命を達成させるビジネス……未来の医療が大きく変わっていうような気がします。
 長生きのための様々な方法を開発しているグロスマンさんとカーツワイルさんは、「三つのブリッジ」と呼ぶ戦略を利用して誰もが永遠の生を手に入れる、次のような方法を紹介しているそうです。
1)「賢く健康的な生活」:サプリメント、運動、健康診断
2)ヒトゲノムから得られた知見を基盤とするバイオテクノロジーの画期的進歩
3)ナノテクノロジーとAI:プログラム可能な血液
 第2、第3のブリッジへ進むために、まずは第1ブリッジ「賢く健康的な生活」で健康を維持しておくべきだそうです。とりあえず頑張って長生きしていれば、不老不死ビジネスがどんどん進んで、老人性疾患を消滅させる長寿技術の恩恵を受けることが出来るかもしれません。
 本書の終盤で、ウォルターさんは次のように言っています。
「すでに画期的な発見がいくつも発表されており、今後5~10年の間にはさらに大きな進展が期待できる。最初のうち、進歩は小刻みかもしれない。例えば、関節炎や膝の痛み、臓器疾患を幹細胞で治療できるようになることが考えられる。次に、主にヒトゲノム学から得られた知見を活かして、がんや脳の機能低下に的を絞った新たな治療法が出てくるだろう。その後に、進化が昔から私たちに押しつけてきた老化をくい止め、さらには若返らせるような発見がなされるという流れになるのではないか。」
 ……どんどん進んでいく科学技術を、疾患の治療だけでなく、健康な人の長寿命化にも役立てる……そんな未来が来るなら、ぜひ体験してみたいと思います。そのためにも、「賢く健康的な生活」を続けていかなくちゃ☆ みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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