『奇跡の地図を作った男?カナダの測量探検家デイヴィッド・トンプソン』2021/7/16
下山晃 (著)

 約200年前、北米大陸の5分の1をカバーする精緻な地図を製作した測量士・トンプソンさんの偉業と人生を紹介してくれる本です。
 あの伊能忠敬さんが10年ほどかけて歩いたのが3万3700キロ、もちろんこれも凄いのですが、トンプソンさんはなんと490万平方キロ(日本全土の総面積の13倍以上)を踏破したと言われているのだとか。そんな偉業をなしとげていた人なのに、まったく知りませんでした……というのも無理はないようで、実は彼の業績は横取りされ、晩年は極貧に苦しまされたそうです(涙)。この本は、そんな彼の業績と人生に光をあてています。
「はじめに」に、この本の要約が書いてあったので、少し長いですが、紹介させていただきます。
「今からおよそ二〇〇年前、ハドソン湾会社と北西会社という二つの毛皮会社に雇われて北米大陸全体のおよそ五分の一もの広大な末路の地域を探査・測量し、今日でも通用する精緻な地図を作り続けた測量士がいた。極貧の母子家庭に育ち、若い頃の重度な骨折事故のため片足が不自由で、片目も見えなくなった男だった。貪欲な営利心とは無縁で、高度な知識と卓越した技能を駆使しながら、誠実と勤勉を重ねて前人未到の広大なフロンティアを測量・探査し、今はカナダの国宝となっている空白部の無い完璧な地図を作り続ける毎日を過ごした。しかし、峻険な極寒のロッキーの探査で彼が成し遂げた偉業の数々はほとんど剽窃され奪い取られて、彼は妻子とともに晩年を極貧のうちに過ごした。同時代の通年・常識をはるかに超えたその生き方や業績が真に世に評価されはじめたのは、彼の死後、半世紀以上も経ってからのことだった。」
 こんな広大な地域の「奇跡の地図」を作り上げるまでは、もちろん壮絶な努力がありました。
「(前略)現代の日本のように道路や宿泊設備が整備されていたわけでもなく、森また森の山岳地帯、夏は無数の蚊やブヨに悩まされ冬はマイナス四〇度を下回る日も続く極寒の地で、巨大なクマやピューマ、オオカミなど獰猛な動物に襲われる危険もつきまとう。何より、カナダ先住民と白人開拓者との間には、アメリカ合衆国や中南米諸国におけるのと同様、凄惨な争いも稀ではない時代のことだった。むしろ、北米では歴史上ほかには例がないような規模で奴隷制度が拡大し、人種差別や人種間憎悪が日増しに根を拡げてゆく時代だった。(中略)
 そんな状況のなかで、トンプソンは黙々と仕事をこなし、大方の同時代人のような身勝手な(大概は暴力的で冷酷な)やり方には同調せず、先住民には敬意を払って彼らの言語を習得し、生活のあり方や文化を理解して心を通わせ、そしてカナダの歴史に大きな足跡を残した。」
 彼は若い頃に滑落事故で右足を複雑骨折、しかもその後、象限儀の望遠鏡で太陽光をまともに受けて右目を失明するなどの障害を抱えて、過酷な測量の仕事を成し遂げていったのです。
 読み進めていくにつれ、彼の苛烈なほどの真面目さに心を打たれずにいられませんでした。
 しかも実はトンプソンさんは測量だけをしていただけでなく、「毛皮を手に入れる」という本業も行っていたのです(彼が雇われていたのは毛皮会社でした)。本業をこなしつつ、探査・測量を行った彼の仕事は、多くの人(国)にその地図が参考にされるだけでなく、カナダとアメリカ合衆国の国境設定にも大きな影響を与えたのでした。
 それなのに、踏査の途中で大病に倒れる危機に陥るなど幾多の困難を乗り越えて作った報告書や地図は、その手柄を、ハドソン湾会社中興の最大の功労者と呼ばれたジョージ・シンプソンに横取りされてしまうのです。……とても残念なことです。
 トンプソンさんの業績は、彼の地図やメモを再発見したカナダ国立地理調査局のJ・B・ティレルさんによって、『ディヴィッド・トンプソン探検記』にまとめられ、半世紀以上経ってから、ようやく偉業が認められることになりました。今では、トンプソンさんの地図はカナダの国宝になっています(本書の冒頭でカラー写真で見ることが出来ます)。
 本書の最後で、下山さんは次のように語っています。
「自然を愛し家族を愛し、垣根を越えて人々を愛し、敬虔な思いと強い気持ちを秘めながら仕事にはできる限りの精魂をこめて、しし営々となすべきことを積み上げる――それがトンプソンの生き方だった。
 それ以上に「当たり前な生き方」が、果たして、この世にあるのだろうか……。」
 ……本当にそうですね。晩年は貧困に苦しめられたとはいえ、「自らの知恵と勇気を振り絞って新しい道を切り拓いてきた」トンプソンさんは、彼なりに充実した人生を送ったのかもしれません。とは言っても、「手柄を横取り」するような人間がいなければ、家族とともに、より幸福な人生を送れたのではないでしょうか。誠実に働いた人が正当な評価と報酬を得られる社会になっていって欲しいと、心の底から願わずにいられません。
『奇跡の地図を作った男』。素晴らしい業績をなしとげた測量家の人生だけでなく、当時の歴史的情勢(日本も含めて)を知ることもできて、とても読み応えがありました。ぜひみなさんも読んでみてください。
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