『ビッグクエスチョンズ 脳と心 (THE BIG QUESTIONS)』2018/3/25
リチャード・レスタック (著)
心とはなにか? 自由意志とは? 感情や感覚とは? AI時代の今、人間とはなにかを再考するための20のビッグクエスチョンズを考察している本です。
脳と心をめぐる20の質問(ビッグクエスチョンズ)が書いてありますが、これらの問題にはまだ正解と言える「答」はありません。「心」については古代の哲学者をはじめ多くの思想家が、その正体やしくみについて考え続けてきました。この本もその一つですが、哲学的な考察だけでなく、最新の脳科学で分かってきたことも加えられています。だからこれは「脳と心」についての教科書ではなく、脳科学的・哲学的エッセイ集だと考えたほうがいいのかもしれません。それでも、とても興味深く、心と脳の関係について考えさせてもらえて有意義だったと思います。
「はじめに」には、次のように書いてありました。
「私の目的は、私の出した答えを踏み台として、読者自身が20のビッグクエスチョンに対する自分なりの答えを探索し、考えるよう誘うことだ。もし私がこの試みに成功しているならば、読者はエビデンスを検証し、独自の結論を導き、そうしている間も他者が自分とは異なる結論にいたるかもしれないことを十分に認識している、よき陪審員となってくれていることだろう。」
ということで「答」はありませんが、読むとすごく参考になる情報がたくさんあります。例えば、「脳を鍛えるにはどうすればよいか?」というクエスチョンでは、次のような方法が紹介されていました。
「新しい刺激や多くの課題が与えられる環境で飼育された実験動物は、なにもないケージで孤独に暮らしていた個体に比べて、一つのニューロンあたりのシナプス形成数が25%多いという。環境を充実させることで、脳の発達や性能を強化できるのだ。合言葉は、「経験を変えよ、そうすれば脳が変わる」だ。」
脳は、充実した環境やトレーニングで変える(鍛える)ことが出来るそうです。インデックスカードや数字リストを利用した「注意力を強化するためのトレーニング」や、トランプを使った「ワーキングメモリ向上のためのエクササイズ」などの具体的な方法も紹介されていました。
「想起とは静的なプロセスではなく、動的な性質をもつプロセスなのだ。(中略)細胞集成体内の一つの細胞を活性化させると、その集成体に属する他の細胞も発火しやすくなる。そうして、記憶を想起するたびに、ネットワークは強化されていく。」
また「意識があるとはどういうことか?」の次の記述には、説得力を感じました。
「記憶はあらゆる年代において、言語と密接にリンクしている。出生直後の意識的経験について話すことができないのは、その経験を描写するに足る言葉を覚える前のできごとだからだ。これが、私たちが言葉を覚える前のことを思い出せない理由でもある。」
なるほど……言語化できない記憶は、長期的に保存するのは難しいのでしょうか? でも、例えばモナリザなどの名画を覚えているように、視覚だけの記憶もけっこう保存できているような気もしますが……これも言語が記憶できる程度に脳が成熟しないとできないのでしょうか? いろいろ考えさせられました。
そして運動に関わる学習に関する次の記述には、自分の経験とてらしあわせても、すごく納得できるものがありました。
「(前略)これらのこと(ダンスや車の運転、スポーツ競技)を学びはじめたころには、個々の動きに意識を向けることでパフォーマンスが向上する。しかし、ある段階に達すると、ダンスや運転やスポーツの動きが私たちの中で自動化されるようになる。この瞬間、これらの行動を司る運動プログラムが、大脳皮質(意識的行動を司る部位)から、皮質の奥深くに島のように存在する組織、皮質下核に移行するのだ。皮質下核では自動化プログラムが作られ、それが動きに熟練するために学習してきた意識的取り組みを置き換える。このプログラムが完成すれば、意識的行動は必要ない。むしろ、間違いを起こさないためには、動きを意識しないことが望ましい。」
自動化プログラムができてからは、「動き」を意識してしまうと、せっかく一体になっている「運動神経と皮質下核」の連携(自動化プログラム)に、大脳皮質の神経細胞が介入することになるので、動きがぎくしゃくしたり、間違ったりしてしまうのでしょう。
そしてちょっと反省させられたのが、「知識とはなにか?」の次の記述。
「検索エンジンの登場以来、私たちはものごとの記憶を再構成しつつある。どういうことかというと、私たちはおそらく、他の情報源から得た情報に比べて、オンラインで得た情報を忘れやすくなったのだ。「必要なときにネットで検索することで得られる情報を、どうして覚えないといけないの?」と脳が考えて行動しているようなものだ。」
「現在、インターネットは情報を知識に変換するうえで最大の障害となっている。電子メディアは知識を得るうえで必要なゆっくりとしたプロセスに適していないのだ。「インターネットは情報を提供してくれるが、知識や意義は提供しない。事実のみでは真の理解は得られない。真の理解に必要なのは文脈と熟考だ」と説くのは社会評論家で作家のウィニフレッド・ギャラガーだ。」
……うーん、確かに。私自身にも、その傾向があらわれてきています。
また、「機械は脳をだめにする?」の次の記述も耳に痛かったです。
「大英図書館が実施した研究によると、二つの人気のあるウェブサイトの訪問者は、「ある種のスキミング行為」を示し、一つの情報源からつぎの情報源へとジャンプし、以前訪問したソースに戻ることはまれだったという。(中略)
この新しい形態の読書法では、質より量が評価される。脳はできる限りたくさんの外部ソースに接続し、できる限り多くの情報を取り込もうとする。ここに足りないのは、集めた情報の合成と統合だ。」
……私もまさに同じ行動をしています……何か必要な情報があるときには、限られた時間の中で、できるだけ多くの情報をネットで集めようとしてしまうんですよね。でもそれは、検索サイトがまとめてくれた範囲内にあるものだけなので、もしも検索サイトが何らかの目的で意図的に排除したものがあったら、それが「ある」ことにも気づかないまま、集めた情報だけで満足して次のステップに進んでしまうんだと思いますが……。
インターネット+AI時代の人間の脳は、劣化し始めているのか、新しい環境に適応して変化し始めているのか……。
脳と心をめぐる20のビッグクエスチョンズについて、考えさせてくれる本でした。ここで紹介した他にも、さまざまな興味深い情報がたくさん掲載されています。ぜひ読んでみてください。
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