『宇宙を解く唯一の科学 熱力学』2021/6/25
ポール・セン (著), 水谷淳 (翻訳)

 原子から、生命、機械、コンピュータ、宇宙そのものまで、あらゆる仕組みを説明する「熱力学」。この物理学の最重要分野を切り開き、世界を一変させた科学者たちの知の格闘を熱く物語っている本です。
 科学者たちはさまざまな境遇の中で、熱や温度をめぐる数々の謎の解明に挑み、人類の知識を少しずつ広げていきました。産業革命を牽引した蒸気機関の効率化、エネルギーという概念、エントロピーという抽象的な物理量、情報や通信、生物の形態形成、宇宙の誕生や死、そしてブラックホールまで……これらすべてに「熱力学」が深くかかわっているのです。
 ところで熱力学に関しては、現在のところ、次の四つの法則があるそうです。
第0法則:二つの熱力学系がそれぞれ三つ目の熱力学系と熱平衡にあれば、最初の二つの熱力学系も互いに熱平衡にある
第1法則:宇宙のエネルギー量は一定である
第2法則:宇宙のエントロピーは増えていく
第3法則:温度が絶対零度に近づくにつれて、その系のエントロピーは一定の値に近づいていく。(この法則が成り立っているおかげで、エントロピーは変化量としてだけでなく、絶対量としても表すことができる)
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 ……第1、第2法則は知っていましたが、いつの間にか第0、第3法則が追加されていたんですね。
 この本は、科学者たちが拓いてきた熱力学の紆余曲折の歴史を、十九世紀初頭から現代にいたるまで丁寧に追いかけていて、第1、第2法則が少しずつ変わってきたことも紹介されています。宇宙のあらゆる仕組みを説明している「熱力学」は、最初からすっきり体系づけられていたわけではなく、何人もの科学者たちが試行錯誤、苦闘の末に切り拓いてきた学問であることがよく分かるだけでなく、「熱」とは何かが少しずつ解明されてきた歴史を知ることで、「熱力学」について深く学ぶこともできて、とても勉強になりました。
 とても驚かされたのは、熱力学が「情報」とも深い関係があったこと! 「第16章 情報は物理的である――シャノンと情報エントロピー」には次のような記述がありました。
「統計的パターンと、情報を送信するのに必要なビット数とのあいだに見られるこの関係性の中に、熱力学とのつながりが潜んでいる。その理由は、シャノンが使った数式を見るとわかる。シャノンが導き出した、情報の符号化に必要な平均的ビット数の公式は、ルートヴィヒ・ボルツマンとジョサイア・ウィラード・ギブスが導いた、熱力学におけるエントロピーと公式とそっくりなのだ。」
 そっくりどころか、実はまったく同じなのだそうです!
 シャノンは確率の法則を使って情報の流れも説明できることを示しましたが、そこで鍵となるのは、「情報の中に何らかのパターンを数多く特定すればするほど、それを符号化するのに必要なビット数は減っていく」ことでした。……このような情報量の測り方が、エントロピーと同じだったとは……。
 また熱力学は、生物学とも深い関係があるようです。「第11章 恐ろしい雨雲――ボルツマンの公式、ギブズの法則」には次のような記述がありました。
「植物は太陽光のギブズ自由エネルギーを使って、水と二酸化炭素を炭水化物に変え、酸素を放出する。生成した炭水化物には、太陽光のギブズ自由エネルギーの一部が含まれている。動物は生きるために、炭水化物に捕らえられたそのギブズ自由エネルギーを利用し、その際に、炭水化物に含まれていた炭素と大気中の酸素を再結合させ、二酸化炭素と水を放出する。いまでは、動植物の体内で起こるすべての化学プロセスで移動するギブズ自由エネルギーの量を一つ一つ計算できる。そこでは見事な対称性が成り立っている。植物は180グラムのグルコース(典型的な炭水化物)を作るのに、太陽光の自由エネルギーを2870キロジュール使う。動物はグルコース180グラムを食べると、それとちょうど同じ2870キロジュールの自由エネルギーを解放させ、最終的に二酸化炭素を放出するのだ。これがいわゆる生命のサイクルである。」
 また「第18章 生命の数学――チューリングと自然界の形」には、次のような記述が。
「どうやら生物は、チューリング流の自発的パターン形成とウォルパート流の位置情報を組み合わせて用いることで、生物界に見られるさまざまな形をつくり出しているらしい。再びヒトの手について言えば、チューリングのメカニズムによって五本の指の雛形が作られ、位置情報理論におけるモルフォゲンの濃度勾配によってそれぞれの指が特徴的な形を取ると考えられている。」
 さらにブラックホールとも深い関係があるそうです。「第19章 事象の地平面――ベッケンシュタインとホーキングのブラックホール理論」には、次の記述が。
「(前略)高温の気体(もちろんエントロピーを持っている)の入った箱を思い浮かべてほしい。この箱をブラックホールの事象の地平面に向かって落としてみよう。事象の地平面の向こう側からは何も戻ってこられないのだから、箱は後戻りできない地点を越えると、もはやこの宇宙の一部ではなくなる。気体の入った箱も、それが持っていたエントロピーも、この宇宙から消えてしまうのだ。だがそうすると、この宇宙のエントロピーが減少したことになって、熱力学の第二法則に真っ向から反してしまう。どうやら一般相対論と熱力学はブラックホールをめぐって対立し、一般相対論が勝ってしまうらしいのだ。」
 これに関しては、その後、ホーキングさんとベッケンシュタインさんによって、一般相対論と熱力学が対立していないことが明らかにされ、「一般相対論と量子力学と熱力学という現代物理学の三大理論が調和して成り立っている」ことになったそうです。
 ベッケンシュタインさんは、ブラックホールのエントロピーが増えれば、必ず事象の地平面の面積が大きくなると主張したのですが、これによって熱力学の普遍性は守られるのだそうです。今では、「事象の地平面の面積はエントロピーそのものである」ということで見解がまとまっているのだとか。
 ……このあたりまでくると、頭の中にエントロピーならぬ「?」が増大しまくって、理解が追い付かなくなってきましたが、とにかく熱力学が「宇宙のすべて」に関わっている科学であることはなんとなく理解できました(笑)。
 科学者たちが「熱力学」を練り上げてきた道筋をじっくり学ぶことが出来て、とても勉強になり、読み応えのある本でした。数式はほとんど出てこないので、安心して読むことが出来たのも嬉しかったです。科学読み物が好きな方は、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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