『宇宙に行くことは地球を知ること 「宇宙新時代」を生きる (光文社新書)』2020/9/16
野口聡一 (著), 矢野顕子 (著), 林公代 (著)

 宇宙飛行士の野口さんと、「宇宙好き」で知られるミュージシャンの矢野さんが、宇宙の奥深さと魅力を語ってくれる本です。
 とりわけ、宇宙に何度も(2005年スペースシャトルで初飛行、2009年ロシアのソユーズ宇宙船に搭乗163日間の宇宙長期滞在など)行っている野口さんの実体験に基づく話に興味津々でした。
 たとえば「第1章 宇宙で感覚や心はどう変化するか」には、次の記述がありました。
「(前略)国際宇宙ステーション(ISS)は、地球上空約400キロメートルを秒速約7.8キロメートルで飛行しています。これはライフル銃の弾丸の数倍もの超高速で、90分で地球を一周します。そのため45分おきに昼と夜が訪れます。
 夜は地球のように徐々に暗くなるのではなく、一気に闇が襲ってくるようで、ものすごく怖い。真夏のビーチから急に真っ暗闇の洞窟に放り込まれたように、何も見えなくなるからです。まるで、闇に襲われるような感覚です。(中略)
 夜になって驚いたのは、自分の足が曲がっているのか、伸びているのかがまったくわからなくなったことです。地球ではたとえ目を閉じていても、腕や足が伸びているか、曲がっているかはわかりますよね。それは筋肉が常に重力を感じているから。重力に抗って筋肉を動かせば、その情報が脳に届くためです。
 一方、無重力状態では足を曲げても伸ばしても、重力がまったくかかりません。そのため足を動かしたという情報は脳に届きません。極端な話、腰から下がなくなったとしてもわからない。腕も同じです。身体感覚が一気に分断してしまったようで、とまどいました。(中略)
 無重力状態では耳石センサーが働かず、視野も限られます。絶対的な重力の軸も存在しません。自分が意識する三次元情報と実際のISSのズレが大きくなったときに、方向感覚を失うわけです。(中略)
「手で感じる水平線」、「硬さで感じる温度」、「指先で聞く音」――。
 目や耳からの情報が遮断されたとき、残された感覚でなんとか補って、自分の内部に外の世界をつくり上げていく。これまでの常識では考えられような「感覚のクロスオーバー」が起こったわけです。
 これら多くの感覚に、指先が重要な役割を果たしているのも面白い点です。極端な話、自分と外の世界を繋ぐ唯一の接点が、指先になってしまうということです。」
 ……こういう感覚は、実際に「宇宙に滞在した」人ならではのものですね!
 また「第2章 死の世界」の次の記述も、とても面白かったです。
「(前略)地球のリソースをリュックに積んでハイキングするのが船外活動で、リュクの中身がなくなる7時間以内に家に帰らないといけない。ソユーズ宇宙線やクルードラゴンの場合には、4日以内に家に帰らないといけない。そしてISSの場合は、地球からの補給がなければ3か月しか住むことができない。(中略)常に残りのリソースを意識するのは、宇宙飛行士のあらゆる仕事の大原則です。」
 この他にも「宇宙から地球を見た時の感動(地球に落っこちそう!)」や「宇宙では空気漏れで酸欠が起こっても苦しくはない(身体が弱るより先に意識がなくなってしまうから)」など、実体験者ならではのことをたくさん話してくれるので、SF小説を書く場合にもとても参考になりそう(笑)。
 さらに「第4章 3度目の宇宙へ」では、宇宙飛行士とアスリートの精神的類似性など、意外な実態を知ることもできました。
「特に宇宙からの帰還後の状況は、引退後のアスリートの方たちの精神的状況に近いと感じました。宇宙旅行中の高揚感が大きければ大きいほど、帰還後に日常への着地点を見出しにくい困難さは、メダリストの引退後の葛藤に共通するのではないか。
 大きな目標を達成して大勢の人々から賞賛される生活から、通常の生活に戻ることが大変なんて、贅沢な悩みだと思う方がいるかもしれません。しかし、目標に向かってまっすぐ走っていればいいという生活から一転し、目標がなくなったときの虚脱感に苦しんでいるんです。」
 ……確かに。「燃え尽き」症候群を起こしてしまいそう……大変ですね……。
 この他にも、円滑なチームワークを形成するために、過酷なサバイバル訓練をするなど、驚くほど多くの参考になる話を読むことができました。
「チームワーク訓練では雪山や洞窟など過酷な環境で約1週間サバイバル生活をし、毎日リーダーが交代しながらさまざまな目標を達成していきます。なぜあえて過酷な場所で行うかといえば、極限状態に置かれることで自分も知らない弱みがさらけ出されるからです。(中略)限界まで追い詰められたときに自分や仲間がどうなるか、何が弱点か知っておく価値があるのです。本番の宇宙で爆発しないために。」
 さらに「第5章 スペースX――イーロン・マスクと「宇宙新時代」」、「第6章 宇宙に飛び出すことは地球を知ること」などでは、宇宙開発の最先端や未来についても語ってくれます。
 宇宙だけでなく、地球や人間についても考えさせてくれる本でした。とても参考になる本なので、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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