『WAYFINDING 道を見つける力: 人類はナビゲーションで進化した』2021/1/6
M・R・オコナー (著), 梅田智世 (翻訳)

 GPSも地図もない世界で、人類はいかに探索し、記憶し、ルートを伝えてきたか……脳内の時空間から言語・物語の起源まで、ナビゲーションと進化について幅広く考察をしている本です。
 410ページぐらいの長大な本ですが、巻末の「解説」に簡潔なまとめのようなものがあったので、その一部を紹介します。
「わたしたちの祖先による狩猟採集生活では、ウェイファインディングは生死に関わる技能だった。獲物を捕らえるためには、その行動を予測し、痕跡を読み、追跡し、道を記憶する……などの能力が求められる。獲物という他者視点になり、作業仮説を立て、絶えず予測・修正して問題を解決していく。こうした思考は、「人類最古の科学」とも言える。そんなウェイファインディングに関わる思考や、その情報を記憶し伝えることなどのために、言語や物語が生まれ発達する。ヒトの海馬はサルなどよりはるかに大きいが、それはこのような複雑な認知地図のためかもしれない。なぜヒトの脳の容量が数十万年前に頂点に達して止まったのかも、狩猟採集時代にすでに高度な思考が発達していたとすれば納得がいく。」
「そんな根源的な道を見つける力が、今日、GPSや移動・遊びの制限などによって失われようとしている。海馬は使わなければ、縮小していく。海馬の萎縮は、PTSD、アルツハイマー病、統合失調症、鬱になるリスクを高める。現代ではすでに青年期から海馬が相対的に小さくなり、そのため認知・感情面での障害や問題行動、依存症を起こしやすくなるという知見もある。」
 ウェイファインディングとは、「ルートを決定して学習し、環境知識の獲得をつうじて、記憶をもとにそのルートをたどりなおす、もしくは引き返す能力」だそうです。
 私にとっては知らない場所を旅するとき、地図やカーナビなしに目的地に到達するのはすごく大変なことですが、北極圏や砂漠などに住んでいる人たちは、先祖からの言い伝えの記憶や自然を観察する力を駆使して、正しい道を見つけているそうです。昼には太陽が、夜には月や星、地形(岩と木と断崖)、シロアリの塚が必ず南北を向いていること、風によって舌の形になった雪の向きなどが、それを教えてくれるようです。
 私たちの祖先は、生きるためにウェイファインディングの能力を磨き、痕跡から獲物の位置を推測するなどの思考を重ねていました。それがしだいに知能を向上させ、やがて文字や物語を生む力へと発展していったのでしょう。
 ところが、現在の私たちはそれをナビゲーションなどに頼るようになり、自分の頭を使わなくなっています。この本には次のような警告もありました。
「子どもや若年の成人は、新しい場所を動き回って探索することが多い。年をとるにつれて、なじみのルートに頼り、認知能力をほとんどはたらかせない場所へ戻るケースが増えていく。つまり、海馬をあまり使わなくなるということだ。わたしたちの人生は、海馬の空間戦略の活用から自動化中心へ移行するという軌跡をたどる傾向にある。」
「海馬が縮小すると、認知・感情面での障害や行動の問題を起こしやすくなる。さらに、海馬を使わない刺激反応ナビゲーション戦略への過度の依存は、一見すると無関係だが有害な多くの行動と結びついている可能性もある。」
 ……脳も筋肉も、使わないと動きが悪くなってしまいます。カーナビやスマホに頼りすぎず、記憶力を鍛えないといけませんね……(ちょっと弱気)。
 ウェイファインディングは私たち人類の知力を進化させてきましたが、それによる科学の進展が、皮肉なことに今後は私たちの知力を低下させていくのかもしれないと警鐘を鳴らしている本でした。参考になる話がたくさんあったので、ナビゲーションや脳の記憶に興味のある方は、ぜひ一度、読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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