『ホンモノの偽物』2020/10/22
リディア・パイン (著), 菅野 楽章 (翻訳)
ウォーホルなしでつくられたウォーホル作品は本物なのか……真贋のグレーゾーンを行き来する事物を通して浮かび上がる、歴史と文化の実相に迫ったノンフィクションで、内容は次の通りです。
序 ウォーホルのいないウォーホル
第一章 厳粛なる嘲り(あまりにも「いかにも」な中世画過ぎて、それ自体で価値のついた「オリジナル贋作絵画」)
第二章 嘘石の真実(偽造化石。ベリンガーの偽石、琥珀偽造、ピルトダウン人、羽毛恐竜アーケオラプトルなど)
第三章 炭素の複製(天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンド)
第四章 異なる味わいの偽物(バナナ味とバナナの違いが明らかにする味覚の真実)
第五章 セイウチカメラを通して見ると(ネイチャー・ドキュメンタリーは本当に「自然」なのか?)
第六章 大いなるシロナガスクジラ(博物館で展示されているクジラはどこまで本物か?)
第七章 そしていま、それは本物だ(当初偽物とされていた古代マヤのグロリア・コデックスが本物と認定されはじめている)
第八章 旧石器時代を生き返らせる技法(ショーヴェ洞窟壁画のレプリカ、ラスコー壁画のレプリカ)
結 大英博物館に見られるように(バンクシーの「ペッカム・ロック(ショッピングカートを押す人が書かれた考古学風作品)」)
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「序 ウォーホルのいないウォーホル」は、「ウォーホル死後に彼のアセテートを使って「作られた」ポール・スティーブンソンのウォーホル作品はウォーホル作品なのか」という「本物の偽物」から始まります。スティーブンソンさんは、「ウォーホルと同じ方法で新たに制作した」ことを公開しているので、嘘で儲けようとするための「贋作」ではありません。これは「真正」と「偽物」の論議を呼んでいて、「ホンモノの偽物」の完璧な例になっているのです。
ちなみにウォーホル作品を認定していたアンディ・ウォーホル財団は、こうした面倒な問題を避けるためもあって認定をやめてしまったそうです。この事例には少し考えさせられましたが……この財団の態度は、それでいいのではないかと思います。法律関係の費用や手間がかさむだけで、製作者本人(芸術家集団自身)にとって利益になるわけでもないのですから。それにしても……今後はコンピュータで作品を作ることも増えるでしょうし、この模造問題はますます避けられないものになっていくでしょう。3Dプリンタというものもあるので、たとえ立体だとしても……。
私自身は、この本を読むまで、正直言って「本物」の方がずっと価値が高く、「偽物」はあまり望ましくないものだと考えていましたが……そんな固定観念は良くない、と考え直させられました。
この後は、偽物の化石、人工ダイヤモンドなど、さまざまな「ホンモノの偽物」が登場してきます。「偽物の化石」を読んだ時には、「化石のような歴史・生物調査とって重要な学術的なものの偽物を作るなんて、許せない犯罪行為」だと思ったのですが……、「ラスコー壁画のレプリカ」まで読み進めた時には、「場合によっては偽物(レプリカ)が必要なこともある」と確信させられてしまいました……。あのラスコー壁画は、観光客を入れた結果著しく傷んでしまったのです。日本でも高松塚古墳で、ありましたよね……。
さて、今では科学技術の進展で、真贋の鑑定が容易になってきているだけでなく、本物以上に精巧な人工物を作ることも出来るようになりました。
「真正なコピーをつくる方向へ向かうには、科学技術の導入が必要だった。(中略)
赤外分光法、顕微鏡分析、赤外線反射法、そして化学同位体を利用した各種年代測定法――どれも科学界で厳密に開発、検査された――などの手段がある現在、抜け目ないバイヤーやコレクターに偽物をつかませるのはますます難しくなっているように思われる。二〇世紀後半には、科学の役割が大きくなり、正統ではない偽物を見つけ出すだけでなく、もともとの自然物の要素を脱構築するようにもなった。ダイヤモンドが研究所で製造できるようになったのは、科学者がその成り立ちを知ったからだ。(後略)」
「騙す」ための偽物は明らかに良くないことなので、科学鑑定の技術がどんどん進んで、犯罪的偽造を抑止する方向に進んで欲しいと願っています。
その一方で、人工ダイヤモンドなどの製造は、そもそも「偽造」ではないと思いますので、科学技術で精巧な人工物を製造する技術も進んで欲しいと考えています。
「ホンモノの偽物」のあり方について、深く考えさせてくれる本でした。この本の「結 大英博物館に見られるように」の次の文章は、心に銘記しておきたいと思っています。
「「ホンモノの偽物」は、いかに、なぜ、どのような状況で、わたしたちは物事を真正だと受け入れられるのか、そして受け入れるべきなのかということを探る機会を与えてくれる。何かを真正だと決めつける前に、あるいは偽物だと否定する前に、そのモノの目的や意図、コンテクストと、わたしたちが何をモンモノとして受け入れるのかについて考えるべきだ。それが重要なのは、つまり、モノのステータスはつねに変化し、つねに進化しているからだ。」
とても読み応えのある本でした。「結 大英博物館に見られるように」には、バンクシーさんの、大英博物館にこっそり無断で展示されたユーモラスな石器時代風作品「ペッカム・ロック」の面白い話があり、この本の真ん中あたりで、カラー写真で見ることもできます。この他にも、「合成標本」をレーザー励起蛍光法にかけた写真や、「いかにもな中世風絵画(19世紀のスパニッシュ・フォージャーによる絵画)」、「マヤのグロリア・コデックス」など、貴重な「ホンモノの偽物」をカラー写真で見ることが出来て、これらもとても興味深いものでした。ぜひ読んで(眺めて)みてください。お勧めです☆
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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