『金箔のコウモリ』2020/11/9
Edward Gorey (原著), エドワード ゴーリー (著), & 1 その他

 ある少女が時代を象徴するバレリーナとなるまでを描く絵本で、バレエマニアのゴーリーさんが描く、バレリーナの人生物語です。
 バレエ好きで有名なゴーリーさんが、20作目にして初めてバレエを題材に描いた作品で、日本語版刊行20年、著者没後20年という節目の2020年に哀悼の意を込めて発売されたそうです。
 ゴーリーさんはニューヨーク・シティ・バレエ団の振付師バランシンさんに心酔して、年間200回近くも(!)バレエを観ていたほどのバレエ好き。だから全編バレエ賛歌に満ちているのではないかと思いきや……な、なんですか、これは?
 すごく不思議な読後感のバレエ絵本です。
 わずか五歳で、バレリーナだったマダム・トレピドヴスカに見いだされた少女モーディーが、修行の末に、有名なバレリーナへと成長する、という素晴らしい成功者の人生を描いてはいるのですが……全編にみなぎるのは、華やかさの裏の地味な日常。ゴーリーさんらしい黒と死の影が、舞台裏に通奏低音のように静かに響いているのです。
 なにしろ、五歳で著名なバレリーナに見いだされた時に少女モーディーが見入っていたのが鳥の死骸……この1ページ目から、「ん?」という、何か引っかかるものを感じずにいられません。
 もしや、このバレリーナの卵も、いつも通りの不幸な子どもに……? と内心穏やかでないものを抱きつつ読み進めていくと、何か普通にレッスンしたり、群舞に選ばれたり、やがて主役になったり、ヨーロッパ随一のバレエ団の経営者の男爵に入団を誘われたり、時代を代表するバレリーナへと上り詰めたりしていて……いつもの(?)不幸な展開にはなかなかなりません。
 それどころがゴージャスなドレスを着て、男爵やとりまきの男性たちとパーティに出ていたり、王族の前で踊ることを求められたりと、「最高に上り詰めた成功者」になるのですが……光があたる舞台の裏、彼女の日常は地味そのものという状態はずっと続いていて……なんか、そのギャップが凄い……。
 そして彼女の最後も、なんか……(ネタバレをしたくないというのもありますが、とにかく何とも言いようがない最後なんです)。
 だから読み終わった読後感としては、「うーん……たとえ最高に成功した人生だって、結局はこんなものか……」という微妙な諦め感が……。それなのに、なぜか読み直すたびに「じわじわくる」のです。なんなんでしょう、この不思議な感覚は……。
 ところでこの作品、ゴーリーさんの大好きだったバレリーナのダイアナ・アダムズさんへ捧げられているのですが、この作品を捧げられた彼女は、きっと困惑したことでしょう。「奇跡」「透明感」「完璧なプロポーションと最高に魅力的な脚」の持ち主に捧げるにしては……なんだか、しょぼい生活感がリアルに漂い過ぎでは……。まあ、そこがゴーリーさんらしいところなんですが(苦笑)。
 いつもの不幸な展開がないだけでなく、美しいバレリーナにありがちなパトロンっぽい男爵とのエロい関係の暗示すらないので、ゴーリーさんとしては、最高に気をつかった内容なのかもしれませんが……ダイアナさんの率直な感想を聞いてみたい気がします。
 それにしても……まさか最初にモーディーが鳥の死骸に見入っていたというシーンが、最後へとつながる伏線めいたものになるとは! しかもタイトル『金箔のコウモリ』も、キンキラなのは外側だけで中身は黒い闇棲みのコウモリなのさ、ということを静かに告げているんですよね……うーん、流石過ぎ。やっぱりゴーリーさんはただ者じゃないわ……。
 何かが起こりそうな予感を孕んだ濃密な空気を感じさせる絵で紡がれていく、あるバレリーナの光と闇の人生物語。傑作絵本『ウエスト・ウイング』に通じるものを感じます。ぜひ読んでみてください。
<Amazon商品リンク>