『SNS暴力 なぜ人は匿名の刃をふるうのか』2020/9/19
毎日新聞取材班 (著)

 SNSでの突然の炎上、誹謗・中傷……不幸を繰り返さないために、いったい何ができるのか? を幅広く考察している本です。
 2020年5月、TV番組「テラスハウス」に出演しSNS上で誹謗中傷を受けた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなりました。ネット上では、SNSによる暴力が過激化しています。匿名になることで、言葉を凶器に容赦なく人の心を切りつけている加害者たち。彼らはどんな人物で、動機は何なのか。背景には、社会の構造的な問題があるのか……毎日新聞の記者が徹底的な取材で掘り下げ、ネットの功罪を検証し、SNSの未来を探っています。
「第1章 ネット炎上と加速する私刑」では、ご自身もデマに苦しめられた経験のあるスマイリーキクチさんの言葉がとても印象的でした。
「ネット上の誹謗中傷への悩みがあったと聞いて、一人で抱え込んでしまったのかもしれない、と思いました。言葉が刃物のようになって心に突き刺さり、命を絶つまで彼女を追い詰めてしまったのかもしれない、と。(中略)本当に誹謗中傷が原因だったとしたら、こういう事態が起きないように活動してきた者として、非常に残念で悔しいです。(中略)彼女のインスタグラムやツイッターには、誹謗中傷だけでなく、応援メッセージもたくさんありますよね。でも、自分も経験したから分かるのですが、『スープに入ってきたハエ』と同じなんです。」
 SNSでの誹謗中傷は『スープに入ってきたハエ』……まさしく、その通りですね。
 そして、さまざまな相談に応じるNPO「あなたのいばしょ」には、花さんの死後、中傷に関わった人からの相談がたくさん寄せられたそうです。その相談には、次の2パターンがありました。
1)花さんを傷つけるつもりはなかったのに、罪悪感にさいなまれる心境を吐露したもの
2)花さんを傷つけたという加害の自覚がはっきりとあり、責任追及を恐れるもの
 これについて、相談を受けた方は次のように感じたとか。
「相談している人にいずれも欠けていると思うものは、想像力です。変な正義感から書き込んだコメントに、相手がどれだけ傷つくのかを想像できていない。」
 この本では、被害者の心が深く傷つく一方で、加害者側には罪悪感が乏しいという事例が、他にも多数紹介されていました。
 精神科医の香山さんは次のように言っています。
「SNSは匿名で、安全地帯から物が言えると思い込んでいる人が多いので、ある種の達成感が得られやすい。攻撃した相手がショックを受けたり動揺していたりするのがSNS上で分かると手応えを感じ、さらに多くの人から賛同を得られると『こんなに人のために役立った』という自己有用感が強くなります。」
 脳科学者の茂木さんは次のことを指摘しています。
「匿名で鬱憤を晴らしたつもりでも、誰かを中傷することは、実は自分の脳も傷つける自傷行為なんです。」
 とても恐ろしいと感じたのが、「第5章 匿名の刃から身を守る」の、SNSで誹謗中傷を受けた科学ライター片瀬さんの事例。「一連の中傷投稿は、書かれた内容などから同一人物が複数のアカウントを使って投稿していると考えられた」ので、弁護士に依頼して発信者特定の法的手続きに踏み切ったところ、相手は「見知らぬ埼玉県在住の60代男性」だったそうです。……見知らぬ相手に、そんなにも粘着できる人がいるんですね……。
 それでもSNSには、誹謗中傷やデマなどの「闇の側面」だけでなく、震災の時に情報伝達に役立ったとか、社会問題をあぶりだしてきたなど、社会を良い方向に変えていく力を発揮してきた「光の側面」ももちろんあります。この本の「おわりに」には次の文章がありました。
「プロレスラー、木村花さんの死をきっかけに、SNSの誹謗中傷問題が注目され、法規制の議論が進む。一定の枠組みは必要かもしれないが、本書でも触れたように、規制の方向を少しでも間違えれば、言論の萎縮にもつながりかねない。政府や権力機関による規制は、必要最小限にとどめ、これからもネットはできるだけ自由な空間であるべきだ。そのためには、私たちが現在持つ言論の自由の価値をもう一度しっかり認識し、社会全体で自制していくしかないだろう。」
 SNSの良い面、悪い面をしっかり踏まえた上で、より良い社会を作っていくために、それを活かす方法を考え、実行していくべきなのでしょう。
 例えば、ネット中傷を防止するための法規制を行うとか、子どもたち自身にネットの功罪や自らのネットとの向き合い方を考えさせる教育をするとか、SNSシステム内にネット中傷に役立つ仕組みを作るとか、いろいろな方法があると思います。
 とても良い方法だと思ったのが、「ReThink」というアプリ。これは、SNSなどで投稿する文章に攻撃的・侮辱的な用語が含まれている場合、「本当に投稿していいですか」というメッセージを表示し、投稿者に再考を促す仕組みだそうですが、「1500件のデータを調べたところ、これを受けた若者のうち93%が投稿を取りやめた」という実績があるそうです。ネット上の誹謗中傷は、被害者側の心(人生)が傷つけられるだけでなく、それを行っていた加害者側も身バレすることで人生が台無しになる可能性が大いにあるなど、良いことがほとんど何もないので、「本当に投稿していいですか」と聞くだけで、両方の人生を守ることが出来るのは素晴らしいと思います。
 残念ながらSNSの言葉の暴力は今でも続いていますが、「木村花さんの死をきっかけにネット上の誹謗中傷問題がクローズアップされるようになると、国や政界も動き出した。」ことに、こんな状況が打開されるかもしれないと期待しています。SNS上の誹謗中傷を減らしていけるよう、私自身も努力・協力していきたいと思っています。みなさんもぜひ読んで、考えてみてください。
 最後に、木村花さんの母の木村響子さんの言葉を紹介させていただきます。
「もうこんな悲しいことが起こらないよう、社会を変えていかなあかん。法整備はもちろんですが、それで忘れ去られることが一番良くない。SNSだけでなく、テレビ局の番組制作方法などメディアのあり方についても、考え続けてもらいたいです」
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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