『デジタル円 日銀が暗号通貨を発行する日』2020/7/18
井上 哲也 (著)

 デジタル通貨にまつわる世界の動きを概観し、日銀によるデジタル円導入実現について考察している本です。
 2019年にフェイスブックによって公表された「リブラ構想」は、主要国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)への取り組みを加速しました。2020年には中国やスウェーデンが試験的導入に踏み切るとみられるほか、ユーロ圏でも具体的なイメージが明らかになるなど、調査研究の段階から実践の段階へいよいよ踏み出すことになります。
 中央銀行デジタル通貨の導入は、銀行券の代替やキャッシュレスの促進に止まらず、金融サービスと非金融の消費者サービスとの融合や、それらに対する異業種からの参入を通じて、金融システムを根底から変える可能性があるほか、金融監督や金融政策にも大きな変化を迫ることになるでしょう。もし中央銀行デジタル通貨が実現したら、私たちの生活がどう変わるのかが知りたくて、この本を読んでみました。
 実は日本銀行は、ECB(欧州中央銀行)と共同で2016年からStellaプロジェクトプロジェクト実施してきました。これは、「中央銀行当座預金による民間金融機関同士の決済において、ブロックチェーン技術を利用したデジタル通貨の可能性を検証するもの(大口型)」だそうです。Stellaプロジェクトは一般向けの中央銀行デジタル通貨ではありませんが、「一般目的型」デジタル通貨もしだいに現実味を増してきているようです。
 ちなみに日本だけではなく、主要国の主要国の多くの中央銀行がデジタル通貨の実証実験を行っていますが、それが明らかにしたのは、「現在のブロックチェーン技術では主要国で民間金融機関同士あるいは中央銀行と民間金融機関とが行う支払や決済に十分対応できないリスクが残る点である。その最大の理由は、「大口型」であっても必要な処理速度が確保できず、結果として支払や決済に遅延が生ずるケースを排除できない点にあるようだ。」ということ。……確かに、そうかもしれません。「大口型」に限定しても「必要な処理速度が確保できない」のですから、「一般目的型」は、やはりブロックチェーン型ではなく、集中管理型で行うのが現実的なのでしょう。
 また、中央銀行が民間銀行の役割すべてをすぐに代替することは、不可能であるだけでなく弊害があるようです。
「民間の家計や企業に対して適切な与信判断を行う点で、中央銀行が民間銀行よりも優れていることはほとんど考えにくい。」
 ……確かに。
 現実的には、中央銀行デジタル通貨が発行されても、それと民間銀行預金を併存させることが最も望ましい形態なのでしょう。そのための方法としては、次のようなものがあるそうです。
1)中央銀行デジタル通貨の付利水準を銀行預金よりも低位に維持する(一時的にマイナス付利もあり)
2)家計や企業が保有する中央銀行デジタル通貨の残高に、少なくとも一時的には上限を設ける(電子マネーSuicaのチャージ金額に上限があるように)
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 日本銀行デジタル通貨が発行される時には、おそらく実際にこの方法がとられることになるのかも、と納得してしまいました(もちろん、まったく違う形になる可能性もありますが)。
 個人的には「日本銀行デジタル通貨=紙幣」のイメージでしたが、実は「日本銀行デジタル通貨」には、それ以上の機能があるようです。
・中央銀行でデジタル通貨が銀行券を完全に代替した下では、デジタル通貨の金利が下がっても、家計や企業、民間金融機関には資金の逃げ道はなくなる
・紙幣はマイナス金利に出来ないが、日本銀行デジタル通貨は金利をマイナスにできる(!)
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 うーん……確かに。財布に入れてある現金が「減る」ことはありませんが、「ワレット」に入れてあるデジタル通貨は「減ってしまう」ことがあるんですね……なんかイヤですが、考えてみれば、「インフレ」と同じような効果を「金利政策」で実行できるということでしょうか。消費者心理に与えるインパクトはだいぶ違いそうですが……。
 さらに考えさせられたのが、次の記述。
「「一般目的型」の中央銀行デジタル通貨の場合には、少なくとも技術的には、全く新たな金融政策手段を活用する可能性が生ずる。それは、中央銀行デジタル通貨の名目価値を直接に変化させることである。
 例えば、100兆円の中央銀行デジタル通貨が発行されている際に、90兆円とか110兆円に人為的に変えることである。」
 ……確かに、こんなことも「簡単に」出来てしまいますよね。この本では、「中央銀行が少なくとも定常的にこうした政策を活用することがないよう、法制面からの制約を課すことが必要になろう。」とありましたが、その通りだと思います。
 最後に、「日本で中央銀行デジタル通貨を導入する際の五原則」として、次の項目があげられていました。
1)現在の金融システムとの親和性や将来のイノベーションに対する柔軟性を確保
2)中央銀行と民間とが積極的に協力
3)個人情報や取引情報の適切な管理
4)持続的な金融仲介への貢献
5)金融システムの安定や金融政策の波及効果の維持
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「デジタル円」について、経済(金融)的な面から総合的に考察している本でした。読んでいるうちに、「中央銀行がデジタル通貨を発行すると民間銀行が不要になってしまうのだろうか?」とか、「そもそも中央銀行の役割って何だっけ?」、「民間銀行の役割って何だっけ?」といろいろ根本的な疑問を抱かされてしまいました。
 紙幣が不要になり、お金がデータ(数字)としてデジタル処理だけで済むようになると、さまざまな面で効率化が進みそうな気もしますが、すくなくとも当面は、処理速度や資産の保全のためにも、日本銀行と民間金融機関が協働で、処理を分担、資産を分散保管すべきだと思います。現状を活かす形での、ゆるやかな移行……という感じで。
「デジタル円」化は近い将来に必ず起こると予想されるので、どのように進んでいくのか、これからも注目していきたいと思います。
 中国やスウェーデンなど、海外の先進的取り組みについても紹介されています。金融に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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