『ウイルスVS人類 (文春新書)』2020/6/19
瀬名 秀明 (著), 押谷 仁 (著), 五箇 公一 (著), 岡部 信彦 (著), & 2 その他

 未知のウイルスにいかに立ち向かうか、顕わになった現代文明の脆弱性を克服する道はあるのかについて第一線の専門家が語り合っている本で、2020年春にNHKで放映された「ウイルスVS人類」という番組を書籍化したものです。
「第1部 未知の敵と闘うために」は、新型コロナウイルスによるパンデミックが私たちに何を突きつけているのか、ウイルスと人類のこれまでの闘いから考えます。「第2部 ワクチンと治療薬」は、ワクチンと治療薬の現状について。そして「第3部 パンデミックと総合知」は、この番組の進行を務めた作家の瀬名秀明さんの「ウイルスにどう向き合うか」の考えをまとめたものです。
 私たちは現在(2020年8月)、新型コロナウイルスのパンデミックの最中にありますが、2019年12月上旬、武漢市で最初の患者が確認されたこの新型ウイルスには、これまでのインフルエンザとは違う特徴がありました。
「(新型コロナウイルスとインフルエンザの)最大の違いは、季節性インフルエンザは、多くの場合、ウイルスそのものは人を殺しません。インフルエンザにかかったことで、体力が奪われ、細菌性の肺炎になったり、心筋梗塞や脳梗塞を起こしたりして、死に至るケースがほとんどなんです。(中略)それに対して、この新型コロナウイルスは、ウイルスが肺の中で増殖をして、ウイルス性肺炎を起こします。つまりウイルスそのものが人を殺すのです。」
 この他にも次のような特徴があります。
・新型コロナウイルスは、感染しているかどうか外からはわからない人がたくさんいる。
・感染しても8割ぐらいの人はほかの誰にも感染させていない
 ……このように症状が出ない人がいるので、このウイルスの封じこめは非常に困難ですが、あまり感染力は強くないようなので、「クラスターさえつくらないようにすれば、感染拡大を制御することは可能」だと考えられています。
 だから今の私たち一般人がやるべきことは、密集を避けてクラスターをつくらないようにすること、マスクや手洗いを徹底することなど、地味で地道な努力を続けていくことなのでしょう。
 新型コロナウイルスに対抗するためのワクチンや治療薬(新規開発と、既存薬の中に効くものがないかを探す)の研究はどんどん進められているようですし、この10年で未知の病原体を解析するスピードが格段に上がっているとか、情報をオープンにするタイミングも早くなったなど、希望を持てる情報もあるのですが、ハーバード大学などの予測によると、2022年頃までは新型コロナウイルスの影響が続きそうだとのこと。
 この本では専門家の方たちが、以下のような「ウイルスとどう向き合っていくべきか」の提言をしてくれていますが、どれも妥当な意見だと感じました。
・予測できないリスクを管理していく上では、研究においても、行政においても、所属する組織やセクションをまたいで、いつでも必要な技術や知識、つまり人材をすぐに終結できることが最も重要。
・危機に際して、必要とされる人材を短期間で集めるには、どういう人がどういう研究をしているかということを、ちゃんと国なり、自治体が把握しておく必要がある。
・ITなどさまざまな技術を駆使して、情報を共有するなどして、社会機能を落とさないで、経済的な損失をできるだけ少なくするようにして、いかにこのウイルスを制御していくかが、21世紀の我々が目指すべき感染症対策
・都市への一極集中をやめて、地方に分散して自然と共生する、新しい里山型社会
・地産地消(行き過ぎたグローバル化から脱却してローカリズムに軸足を移す))
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 さて、危機管理には次の二つのモデルがあるそうです。
1)戦争モデル:非常時に人間は理性を失ってしまうから、政府や行政がトップダウン式に人々の行動をコントロールする
2)社会心理学的モデル(仮):人間は非常時でも意外とパニックにならず臨機応変に創意工夫できるので、がちがちにマニュアル化せず「のりしろ」部分を残しておいた方がよい
 ……個人的には、ウイルスや細菌と人間は敵対関係にあるのではなく、一部に病気を起こして死をもたらす有害なウイルスや細菌もいますが、大部分は無害で、一部は私たちの体内で共生(利益をもたらしてくれるものもいる)しているのだと考えています。そしてウイルスや細菌への危機管理は、そのウイルスや細菌がどの程度人体に危険なのかを考慮して対応すべきなのではないかと思います。ペストのような致死率の高い超有害なウイルスや細菌には「戦争モデル」、新型コロナウイルスのような致死率のそれほど高くないウイルスや細菌には「社会心理学的モデル(仮)」というように……(もちろんこの場合も、一般人への行動指針は、専門家や行政に与えて欲しいとは思いますが)。
 この本の終盤で瀬名さんは次のように言っています。
「「こうすべきだった」という正解はおそらく存在しないのだろう。それほど政策決断とは難しいものなのだ。しかし、それでも、「よりよい判断」は存在するのかもしれない。それが、希望ではないのか。」
 確かに、そうだと思います。新型コロナウイルスのような未知のウイルスには、「こうすべき」という確立した方針を出すことは専門家も含めて誰にもできないので、常に情報を共有し、専門家の叡智に頼りつつも一人ひとりがその都度最善と考えることを行い、状況に応じて対応を柔軟に変えて試行錯誤していく他はないのでしょう。
 新型コロナウイルスのこと、ウイルスと人間の闘いについて、いろいろなことを考えさせてくれる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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