『「幸せ」をつかむ戦略』2020/2/14
富永朋信 (著), ダン・アリエリー (その他)

「幸福」のさまざまな側面について、行動経済学のダン・アリエリーさんへのインタビューや、講演のまとめを紹介している本です(著者は富永さんですが、内容の大半をアリエリーさんが語っています)。
「幸福」に関して富永さんが問いかけ、アリエリーさんが自らの考えを話すという形式なのですが、全体的にまとまりがないまま、曖昧に話題が分散していくような、もどかしい印象がありました(汗)。が、よく考えると「幸福」自体、これが「幸福だ!」という決定版があるわけでもなく、人間(あるいは生物)それぞれに、それぞれなりの幸福があるのだと思うので、これでいいのかもしれません。
 とても参考になり、考えさせられたのが、「第2章 「人間関係」を幸せにするには」。
「公共財ゲーム」というゲームで、見ず知らずの他人同士の10人にお金が平等に分配(または収集)されるとき、誰か一人がズルをすると、それまでの良い均衡が簡単に悪い方向かってしまう(次の日から全員がズルを始める)というエピソードが紹介されていました。これについてアリエリーさんは次のように言っています。
「(人間関係では)滑りやすい下り坂はあるけれど、上りやすい上り坂はない。要するに、悪いやり取り、悪い言葉を交わすようになり始めるとき、人は基本的に負の均衡の方へ向かっていて、自分がその均衡を保つことをやっている。電話で話すときなども、批判的になる。時折、誰かが何か罪のないことをやっても、相手の人はそれをネガティブな形で認識し、良い均衡に戻ることが非常に難しくなります。」
「身勝手に自分にとって良いことをするとき、長期的には良くないかもしれないことを理解する必要がある。短期よりも長期について考えなければなりません。なぜなら、短期的で近視眼的な最適化は必ず、低い成果を生み出すからです。」
 これ、すごくよく分かります。私自身はズルをあまりしない方ですが、ズルをしている人に対しては、やはり怒りを感じます。でも、それに気づいた後、私自身もすぐに同じようなズルを始めるかというと……そうでもありません。それは自分自身が、「怒り」を感じているから。矛盾する考え方のようですが、要するに、私自身がするズルに対して、それに気づいた別の人に怒りを感じて欲しくないので、すぐにはズルを始める気にはなれないのです。それに、怒りを感じてしまうような行動を、自ら始めてしまうことに葛藤も感じます。そんな葛藤に苦しめられるぐらいなら、ズルなどしない方がマシだと思うのです。
 それでも「どんなときにも絶対にズルをしない」という宣言をする気もありません。もしかしたら7割ぐらいの人がズルをしていることを知った時点で、自分もズル始めてしまうかもしれません。それは、その状況ならば、ズルがすでにズルではなく「常識」になっていると自分自身を納得させられるから。私自身は、「長期的視点」にたつと、これが最も「効用が高く、自分自身の精神状態を保つのにも役に立つ」と考えているのだと思います。……でも、こういう社会はあまり好ましくないので、出来るだけズルの少ない社会(ズルが起きにくい社会)を目指したいものです……。
 もう一つ参考になったのは、「ソーシャルメディアは偽の世界観です」という話。ソーシャルメディアでは、「すべての人が自分のことを過度にポジティブに描き出している」そうです。
……確かに。例えばソーシャルメディアに自分の写真をアップするとき、どうしても自分でも「写りがいい」と感じるもの選んでアップしてしまうと思います(汗)。他人も同じように「いつもより良く見えるもの」だけをアップしているのでしょう。だからソーシャルメディアの世界は、どうしても「現実よりも良い世界」に見えてしまう……「ソーシャルメディア上ではすべての人が自分より幸せだと考えるバイアスがある」んですね……。それをいつも思い出すことで、「隣の芝生」を羨ましく思うのは、やめた方がいいのでしょう。
 さて、アリエリーさんによると、幸福には次の2つのタイプがあるそうです。
・タイプ1:睡眠欲、食欲、性欲など人間の根源的な欲求が満たされることによる幸せ。損得で考えたときに、得が増大する幸せ。
・タイプ2:他者と関係を築くことによる幸せ。困難なことを達成する幸せ。
 タイプ2の幸せは、行動を連続して行っている間はそれ自体が負荷となるが、ゴールとして結実すると大きな幸せが実感されるものだそうです。
 私自身は、タイプ2の幸せをより強く感じる方です。しかもゴールに至る前の、「努力する行動」自体で幸福を感じられるのです。というのも「自分が向上している」実感があるときに幸福を感じるからです。何かを練習していて、「先週より上手くできた」感があると嬉しくなりませんか? これをしょっちゅう感じられるよう工夫するのです。
 エビングハウスの「学習曲線」という研究があるのですが、学習には「準備期・発展期・高原期」があり、これをくり返して成長していくので、一時的に「成長がとまっている」と感じる停滞期が必ず来ます。これを知っているので、頑張っているにも関わらず「先週より上手くできた感じ」が得られなくなって練習がつまらなくなってきたら、いったん今の練習を中止して昔に戻ってみるのです(以前練習していた楽譜をやってみるなど)。こうすると、以前は苦労してやっていたことが、今では昔より簡単に出来るようになっていることが実感できるので、やっぱり練習は無駄じゃないと再びポジティブになれるのです。
 しかも、うまくいくと「レミニセンス効果」が出ることがあります。これは、何かを頑張っている時にはうまくいかなくても、一定時間経過すると、なぜかうまくいくことがあることを言います。困難から逃げ出して簡単な練習に戻っているうちに、一定時間が経過して、次に困難な練習に復帰した時には、以前よりもうまく適応できるようになっている……私の場合は、この効果が、都合よく出ることが多かったと思います(笑)。これを続けていると、「努力」自体が楽しく感じられるようになっていきます。
 このタイプ2の幸福は、「自分だけで出来る」ことが多いので、いつでも感じられて、しかも長続きする「幸せ」をつかみたい方には、お勧めの戦略です。
 この他にも、「「役割の分担」が夫婦関係を壊す」とか、「企業は、報酬制度で人の意欲を生み出すことが出来る(一部は自主性、一部は評価されていると感じること。透明性、結び付きが重要)」とか、参考になる話をいろいろ読むことが出来ました。
 自分だけでなく、「家族」「企業」「社会全体」の「幸福」を考える上で、参考になる本だと思います。ぜひ読んでみてください。
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