『ウイルスの意味論――生命の定義を超えた存在』2018/12/15
山内 一也 (著)
ウイルスは、数十億年にわたり生物と共に進化してきた「生命体」でありながら、細胞外ではまったく活動しない「物質」でもある……その生態を知れば知るほど、生と死の、生物と無生物の、共生と敵対の境界が曖昧になっていく「ウイルス」について、その歴史や生態など幅広く教えてくれる本です。
「ウイルスは、独力では増殖できない。ウイルスは、遺伝情報を持つ核酸と、それを覆うタンパク質や脂質の入れ物からなる微粒子にすぎず、設計図に従ってタンパク質を合成する装置は備えていないからだ。しかしウイルスは、ひとたび生物の細胞に侵入すると、細胞のタンパク質合成装置をハイジャックしてウイルス粒子の各部品を合成させ、それらを組み立てることにより大量に増殖する。」
生命なのか物質なのかも曖昧なウイルス。生命の進化の根源にあるのかもしれない存在で、すごく興味津々です。この本は、『ウイルスの意味論』という教科書的なタイトルではありますが、とにかく面白い内容が満載で、専門的な内容が多いのに、どんどん読み進めることが出来ました。
なかでも驚かされたのが、「ジェンナーの時代における天然痘ワクチンの配布」。1803年、スペイン領の新大陸で発生した天然痘対策のために、スペイン王カルロス四世が種痘遠征隊を派遣したときの話です。
「船には、天然痘にかかったことのない孤児二二名が同乗していた。種痘を受けた腕には、接種から一〇日目頃に漿液がもっとも多く溜まり、その後、まもなく乾いていく。そのため、一〇日毎に漿液が採取され孤児の腕から腕へと種痘が植え継がれた。」
なんと天然痘ワクチンは、人間の子どもの身体で運ばれたのです! 実は日本でも、種痘は「子供の腕から腕へと植え継がれて」いたのだとか……。
そんな天然痘ですが、「天然痘ウイルスは、まだ感染していないヒトだけに伝播することで存続してきた。(中略)WHOは、ワクチン接種を拡大していけば、天然痘ウイルスは伝播先を失って死に絶えると判断し、一九六六年に天然痘根絶計画を発足させた。」ことが功を奏して、一九八〇年に根絶が宣言されました。
めでたし、めでたし……と思いきや、なんとこのことが、新たな脅威を生んでいるのだとか!
「天然痘ウイルスは、テロリストにとって最高の手段と言われている。病原体を散布するテロには自分自身も感染するリスクがある(ブーメラン効果)。しかし、天然痘ウイルスに対しては種痘というすぐれた予防手段があるため、その心配がない。テロリストは、自らが感染するおそれはないまま、ひそかに天然痘ウイルスを合成・培養して散布できる。」
しかも「天然痘ウイルスのゲノムの塩基配列はすべて公開されており、ゲノムを人工合成する技術は日に日に進歩している。」のです。そして現状は、「種痘が中止されて三〇年以上経っており、免疫を持つヒトはほとんどいない。」……重大な病気をもたらすウイルスも、根絶することがいいことなのか、悪いことなのか分からなくなってしまいました。
さて、ウイルスは、実は人体の中にもたくさん存在しています。「第10章 ヒトの体内に潜むウイルスたち」には、次のような記述がありました。
「ウイルスと言えば病気を起こすものと思いがちであるが、どのウイルスもただ生存し、機会があれば増殖しているだけであり、宿主に起きる病気はその副産物にすぎない。これらの静かなウイルスたちはそのことに思い至らせる存在と言える。」
……なるほど。子どもの頃は、ウイルスとか細菌というと、全部が病原菌や黴菌のような気がして、怖い存在だと思っていましたが、実際には大半がおとなしく、そこらじゅうに静かにいるだけのものなんですね……そして、もともとウイルスの生存戦略としては、侵入した対象者が病気を起こさないで「保菌者」として元気に生き延びて、次世代に繋げてくれることが最高なわけで、私たちの「健康でいたい」願いは、実はウイルスにとっても同じなのだなーと、なんだか不思議な気がしてしまいました。
「ウイルス核酸が細胞内で複製される際にコピーミスが起き、変異ウイルスが生まれることがある。短時間で膨大な数のウイルス集団が生まれてくるので、コピーミスのある核酸を持った変異ウイルスも絶えず生まれている。短時間に世代交代を繰り返すうちに、変異ウイルスが集団の大部分を占めるようになると、新種のウイルスが出現することになる。」
ウイルスは変異しやすいのがもともとの性質なので、たまに病気を起こすウイルスが「失敗作」として生まれてしまうのでしょう。
この本には、その他にも興味深い記述が満載でした。「第2章 見えないウイルスの痕跡を追う」では、ウイルス研究の歴史の紹介を通して、ウイルス研究の方法やウイルスの性質が、原始的な方法から解説されていくので、研究者の方にとっても参考になると思いますし、専門家ではない一般人にとっても分かりやすかったと思います。
そして「第3章 ウイルスはどこから来たか」にも、「ウイルス化石」など、知らなかった情報がいっぱいあって、わくわくさせられました。ちなみに「ウイルス化石」とは、「DNAウイルスが精子や卵子といった生殖系列の細胞にたまたま感染すると、まれにだが、ウイルスDNAがゲノムに組み込まれることがある。この時点でウイルスは死に、組み込まれた時代の姿で、宿主の遺伝子として残り続ける」ものを言うそうです。
とても面白くて勉強になる本でした。進化や生命に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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